スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

全てのことに感謝できるか? 2

いいことがあったときは、
信仰心がない人でも神に感謝します。
宝くじが当たったり、
絶世の美男(女)からプロポーズされたら、
誰だって「神よありがとう」と言いたくなります。

しかし、思い通りにならないとき、
理不尽なことがあったときに、
それでも神に感謝できるか?
これは信仰心がないと難しいことです。

絶望するようなこと、
絶叫するような不安と恐怖、
歯噛みするような屈辱感と敗北感。
身もだえするほど嫌なことが起こる。

それでもそれを、
「神が自分に与えた試練であり、
これを通して自分を立派にし、
周囲も自分も、
幸せにしようとされているんだ」
と、腹の底から信じ切れるのは、
よほどの信仰心です。

そして、
腹の底から信じ切れないと、
感謝の気持ちなど、
湧いてくるものではありません。

ということは、
神が本当に信仰者の信仰心を磨き、
試そうとすれば、
とても神に感謝できないようなことを、
起こすことがあるのです。

だからこその、神試しなのでしょう。

事実、歴史上の神人や真人と言われる人は、
みんな、「理不尽」な目にあっています。

濡れ衣、言い掛かり、裏切り、謀略。
本人は全く悪くないのに、
左遷されたり、弾圧されたり、牢に入れられたりします。

日蓮上人でも親鸞聖人でも、
出口王仁三郎師でも、
そして深見先生も、
みんなそうです。

そういう目に、
必ず一度は会ってます。

人類で最高位、天神の位にのぼられたという、
菅原道真公ですら、藤原一族の姦計によって、
濡れ衣を着せられ、大宰府に左遷され、
泣き叫ぶような屈辱感と憤りの中で、
数年間を過ごされたといいます。

学識経験もさることながら、
政治、経済、外交、軍事、安全保障など、
国政の全般にわたって、
膨大な功績を挙げられた菅原道真です。

その全ての記録が改ざんされ、
他人の手柄にされた上、
讒言により、全くの無実の罪で、
ご本人は謀反人とされ、
位階を下げられ蔑まれた上で、
事実上の幽閉です。

朝廷のため、国家のため、
尽くしに尽くしてこれらたのに、
その結果がこれでは、
誰だって理不尽に思うのは当たり前です。

道真公が残された膨大な歌や文章を読めば、
大宰府配流にあたって、
その悲哀、悲痛の情が、
切々と胸に迫ってきます。

さぞや、悔しかったことでしょう。


しかし、ある日、ふと気付かれた。

いろいろあったが、
自分は神のため、帝のため、民のために、尽くしてきた。
自分や一門の地位や名誉、財産のためでは、もとよりない。

この真心は神がお受け取りになっているはず。
この世で報われたかどうかは、関係ない。
この世の評価や、位階の如何はどうでもいい。
この誠が、天に届いたらそれでいい。

…そう悟り、腹をくくり、
天にその思いを投げたとき、
菅公がお召しになっていた着衣は、
雲の間を縫って、天高く昇っていったそうです。

天神様が神上がりされた瞬間です。


理不尽なこと、
到底飲みこめないことだからこそ、
神の与えた試練です。

尽くしたのに裏切られ、
この世で報われなかったからこそ、
神が報いてくださるのです。


本当の、本当の、
信仰のぎりぎりを極めようとすれば、
必ずそういうことが起きるはずです。

そして、逆にいえば、
その、受け入れがたいことを乗り越えたらならば、
信仰の道は必ず成就するはず。

信仰者の価値は、
(存命中の)この世での評価や、信者の数、財産や位階などでは決してなく、
ただ、ただ、神が生涯かけたその誠と真心をみそなわせたかどうか、
その一点にかかっているのですから。


ブログランキング
プロフィール

Son of Zeus

Author:Son of Zeus
ワールドメイト的、実験劇場です。
本当に神が実在し、人を幸せにしてくださる「現実」を実感しましょう!

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
ワールドメイトのリンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。