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ワールドメイトのいいところ 4

ですが、もっと違う言葉で言えば、
こうなるのではないかと、私は思います。

「自分はどうなればいいかがわかる。
本当にやりたいことがわかる。」


・・・自分の人生に自信を持ってる人など
ほとんどいません。


― そもそも、自分は、何のために生まれてきたのか?

― 自分にとって、周囲にとって、
  何をすることが、一番大きな幸せをもたらすのか?


誰だって自問自答しながら生きています。

もし、本当に「なりたい自分の姿」がわかり、
「目指したいゴール」がわかり、
そこに至る道筋と努力の方向性がわかれば、
たいていの苦労は平気になります。

むしろ、何をやっても楽しくなるのです。

調子よくいってれば、調子よくいったで幸せ。

うまくいかなれば、うまくいかないで、
「きっと自分が伸びるための試練だ」
「これを乗り越えたら、大きな幸せが待ってる」
と信じることができて、やっぱり幸せ。

そうなります。

ワールドメイトでの人生は、
そういう意味で、
どう転んでも絶対に幸せになるしかない。

なにしろ、
神様に守られ、
神様に導かれ、
神様と一緒に歩む人生になるのです。

雨が降ろうと、風が降ろうと幸せ。

苦しみも、辛さも、全部幸せの種。

そして、最後は必ず、ハッピーエンドになる。

さらにいえば、
人の命は死んで終わりではありません。

生きてるときも幸せ、
死んだあともますます幸せで、
永遠にこの幸せが続くのです。

それは、たゆまない、
永遠の進歩向上の道であり、
周囲の人々を幸せにし続ける布施業の道であり、
それゆえに、自分も幸せ、他人も幸せになるという、
究極に幸せが、永遠に続くのです。

そのために、
必要な教えも悟りも、
全部いただける。

それがワールドメイトです。

人生観が変わる。
世界観が変わる。
だから、周囲から一目も二目も置かれる人間になる。

それが、ワールドメイト。



それから、もっと、言ってしまえば、
本物の神様のそばにいるという、
それだけでもう、幸せです。

この感動は、
言葉で言い表せません。

古来、多くの人々が、
本物のご神霊との出会いを求めて、
脱俗出家し、
山野を渉猟し、
祈りに明け暮れ、
一生涯かけて神様を求めました。

そして、その生涯で、
一回でも本物のご神霊と邂逅できたら、
もう死ぬまでその感動を忘れられず、
幸せであり続けたというくらい、
神との出会いは素晴らしいものです。

それが、
ワールドメイトでは、
しょっちゅうある。

年中ある。

いつも常に神様と一緒にいる。

神様をそばに感じ、
神様から答えをいただき、
神様に包まれていることを、
常に感じることができるのです。

ワールドメイトにいれば、
いつだって絶対に幸せになれると、
私が強く思う理由は、これです。

ワールドメイトのいいところ 3

日常の細々した願い事が叶うだけではありません。

ワールドメイトでは、
人生がまるっきり変わってしまうほどの、
すさまじい開運があるのです。

あり得ないようなご縁がつながる。
自分でも気づいてない才能が開く。
突然に昇進して、一躍スターダムにのしあがる。
泣かず飛ばずだった人が、ツキまくる。

…そういうことが、たくさん起こります。

就職が決まったり、
結婚(離婚)が決まったり、
思いがけず大きな相続をしたり、
作品が世に認められたり、
そういうことがふんだんにある。

それだけではなく、
考え方が変わり、
言動が変わり、
姿かたちまで変わってしまいますから、
ほとんどまるっきり違う人生になるのです。

周囲から人が遠ざかるような人が、
みんなに愛されて人気が出たり、
引っ込み思案で意気地がない人が、
急に頼もしいリーダーになったりします。

ワールドメイトには、
そんなふうに人生を根本から変える方法が、
たくさんあります。

深見先生は
そうした秘儀を、
何百種類もお持ちです。

たとえば、
先天の宇宙秘儀や、
冥王星36神将、
縁結び祈祷会や
金運祈祷など、
数え上げればキリがありません。

もちろん、
秘儀に頼りっきりの人生では
意味がありませんから、
年中、こうした秘儀があるわけではありません。

しかし、
年に一度か二度の、
これらの秘儀を受けることで、
その後の人生は、
まるっきり違うものになるのです。

これは私だけではなく、
多くの人が体験していることです。

なりたかった自分になれる。
やりたかったことができる。


ワールドメイトのいいろころは、
これまでとは、まったく違う人生が待っているところです。

ワールドメイトのいいところ 2

…ということは、
普通の願いなら、ばしばしに叶うということです。

日本の神様は、
私たちの先祖の、先祖の。大先祖様ですから、
祖父母が孫のわがままを聞きたがるのと同様、
なるべく私たちの言い分を聞いて、
叶えようとしてくださるのです。


そして、ワールドメイトには、
神様に願いを届け、
動いていただく方法が、
星の数ほどあります。
(大げさではなく!)



たとえば、人形形代

古来から神社で行われてきた、
伝統的な潔斎方法ですが、
ワールドメイトにもあります。

あるどころか、
何十種類、何百種類もある(!)

しかも一枚百円からあり、
数百円(以上御随意)のものが主流です。

「たったそれだけの御玉串でいいの?」
と拍子抜けするほどですが、
しかし、それでも、バシバシに願いが叶うのです。

願い事別に、たくさんの種類があります。
金運、健康運、恋愛運、仕事運、家庭運…
およそ、人の世のありとあらゆる願い事別に、
それぞれ特別な人形があるのです。

そして、人形にかけた願いは、
人生の長い方向性にそって
一番いい形になるよう、
叶えてくださるのです。


それから、護摩木
密教のお寺にあるお護摩が、
ワールドメイトの全支部で申し込めます。

一本わずか200円(以上御随意)なのに、
みっつまで願い事が書けます。

その素晴らしいところは、
即効性です。

願ったことが、
その日のうちに成就したり、
翌日には状況が変化したりします。
少なくとも、なんらかの答えがある。


こういう、
「お願い事を叶えてくれるグッズ(?)」が、
ワールドメイトには、
他にもたくさん、たくさんあるのです。


「お小遣いが足りない」
「今日のデートがうまくいきますように」
「サークル活動に人が来ますように」
といった、日常の様々な願い事を、
1年365日、24時間体制で叶えてくださいます。

気軽に人形を書き、
気軽に支部に立ち寄り、
気軽に祈りを込めれば、
たちどころに願いが叶うのです。


これが、ワールドメイトの素晴らしいところです。

ワールドメイトのいいところ 1

① 願いが叶う

ワールドメイトのいいところを、
思いつくだけ書いてみます。
すべて、私が経験したことですし、
周囲の人々も納得していることばかりです。

まず第一に、
ワールドメイトはお陰信仰の団体ではありません。
この世的なご利益を追及するところではない。

人生の本義に目覚め、
己の魂を磨き進歩向上を図ります。
同時に、善行をなして人を救い、
世の中をよくすることが目的です。

詳しい解説は、
ワールドメイトのホームページをはじめ、
パンフレットにも何度も出てますね。

だから、「お陰」や「ご利益」ばかり気にして
本来の道を見失うことがないようにと、
何度も何度も強調されます。

…ということは、
逆にそれだけ言わないと、
本来の誤解されてしまうほど
お陰が出まくりなのです!!

あ、失礼しました。
…決して、お陰を強調するわけではないのですが。。。


ワールドメイトでいう「ご利益」とは、
世間一般に考えられているものとは、
ちょっと違います。

実在の生きた神様がおりておられ、
その神を行じ、
神人一体の道を歩むのがワールドメイト。

だから、
「こういうふうにしたいんですが」
と人間のほうが投げた願いに、
「ではこうしてあげよう」
とバシバシに答えがあり、
その方向性にそって、
あり得ないような奇跡があるのが、
ワールドメイトです。

だから「願いが叶う」というより、
こういうほうが適切かもしれません。

「神様の目から見ても、
人の目から見てもよい願いなら、
百発百中、必ず叶う。

神様の目から見て、
先々に問題が起こりそうだったり、
もっといい方向性があるという願いなら、
お願い事の方向性が修正され、
教えと諭しがあった上で、
一番いい形になって叶う。

結果として、本人は100%幸せになる」



人間、欲望のまま突っ走れば、
ロクなことになりません。

ギャンブルや酒にのめりこむような願いを、
神様が聞いてくださるはずがない。
そういう願いをする人が、
神様に祈れば祈るほど、
「まっとうな、いい人生を歩まなきゃいかん」
と思うようなことが起きます。

また、
「この人と結婚したい!」
と願った場合、
それが良縁なら、すんなりまとまります。

でも、
先々に問題がある人物だったり、
よほど相性が合わなかったり、
この先にもっといい出会いがある場合は、
祈れば祈るほど、
その恋は成就しなくなります。

でも、これって、本当にありがたいことですよね。

だって、100%、絶対に幸せになるのです。

これがワールドメイトです。
願望成就や現世利益をうたうところは
たくさんありますが、
圧倒的に他を引き離して違うところです。

100%、必ず幸せになるよう、
神様が導いてくださるところ。
それが、ワールドメイトです。





コップの水があふれ出るとき 2

ですが、神様はいつまでもほっとくわけではありません。

祈ったら祈ったぶん、功徳になる。
待てば待ったぶんだけ、また功徳になる。
それはいつか、花が咲き、実になり、
この世の幸せと化します。

本人が忘れていようといまいと、
祈ったぶん、努力したぶん、待ったぶん、
いつかきっちり功徳をくださいます。

と、やたら長い前置きになりましたが、
ここで私の体験談を。

先日、久々にゴルフに行きました。
もう何年ぶりでしょう。2年、いや3年か。

出張でちょっと遠いところに出てたのですが、
お世話になった方から誘われ、
断り切れずにハーフだけ回ることに。
ボロボロのレンタルクラブをもって、
久々にコースに出ました。

正直、ゴルフにいい思い出はありません。
1ホール10打も叩くのは当たり前。
どれだけ練習しても球が真っ直ぐ飛ばず、
アイアンを2~3本持って、
ゴルフ場の端から端まで走り回った記憶しかない。

でも、ゴルフくらいできないでどうすんだ、
という上司の叱責もあり、
死に物狂いで練習し、
そして祈りました。

ある時など、大発願して、
「なんとかスコア100を切りますように!」
と、形代を100枚書いたことがあります。
ですが、ちょうど100枚書いたとこで異動になり、
こんどはまったくクラブも握らない環境になりました。
自分の才能を、ほとほとあきらめかけていた私は、
これ幸いとばかりに、
「ゴルフは僕がすべきものじゃないんだー」
と勝手に解釈したものです。

あれから3年。
出先で、いきなりゴルフです。
気が重くなったのは言う間でもありません。

その日はたまたま、同じ組に、
学生時代ゴルフ部だった方がいました。
コースに出る前に素振りしてたら、
その方が私のスイングをみてただ一言だけ、
「あ、右足のここの筋肉に力を入れたらいいですよ」
というのです。

昔、さんざんいろいろな方に習いましたが、
今までいただいた、一番短いアドバイスでした。

で、1番ホールのドライバー。
なんといきなりのナイスショットです!
自分でもびっくり。
なんで真っ直ぐ飛ぶんだろう?

その後もおもしろいように球が真っ直ぐ飛び、
ハーフを終わってスコアは49!
もちろん、そんなに人に自慢できるスコアではありませんが、
このペースなら、100を切るのも不可能ではありません。
いやあ、嬉しかった!


考えてみたら、3年の時間を経て、
いきなり願いが叶ったわけです。

しかも本人はもう、
さんざん努力したことも、
祈ったことすら忘れていた事柄です。
不思議ですね。

たった一言だけの、
ポイントだけのアドバイスで、
私の中で熟していた何かが、
急にあふれ出てきた。
…そんな感じです。

これがどう私の人生に影響するのか、
そんなことはさっぱりわかりませんが、
祈ったら祈ったぶん、
願ったら願ったぶん、
時間がかかろうと何だろうと、
神様は忘れることなく、
きっちり功徳をくださるんだと、
実感した次第です。


他の願いごともみな、
このパターンなのでしょう。

人が神を裏切ることはあっても、
神が人を裏切ったり、
見捨てたりすることは、
決してないといいます。

神とともに生きる人間は、
いろいろあっても最後は必ず、
大吉になり、幸せになる。

ご神示録などで繰り返し語られるその言葉は、
やはり嘘ではないようです。

証というのは多くの場合、忘れた頃にやってきます。
やがてコップから水があふれ出るのを楽しみに、
今日も雄々しく生きていきたいと、
心から思いました。


コップの水があふれ出るとき 1

ちょっと前の話ですが、
しみじみ実感したので。

功徳というのは、
期待しなくなった頃、
ふと、いただけることが多いといいます。

「こーれーだーけーはー」
とか言って、必死に祈っているときは、
うんともすんとも動かない。

むしろ、祈れば祈るほど、
執念の黒雲が出てきますから、
かえって願いが叶いづらいそうです。

さんざん祈って、
神様におまかせし、
本人が祈ったことすら忘れた頃、
ぽんと叶うというパターンが多いとのこと。

別に神様は意地悪しておられるのではなく、
これには、いくつか理由があるそうです。


まず、

1)欲と執着、執念があるうちは、神様も力を発揮できない

人の念というのは強烈です。
生霊があれほど強力なことを見てもわかるように、
生きた人間が全力で発する想念は、
物理的パワーすら持つ黒い雲となって、
肝心のご神力をも妨害するといいます。

その祈りがすべて、
純粋な愛と真心に満ちていれば、
一発で凄まじい奇跡を起こしますが、
一身上のこととなるとそうもいかないものです。
ついつい欲が出て、執着が混じってしまいます。

だから、「これだけは~」という
止むに止まれぬ願いがある時などは、
人に祈ってもらうのが一番ですね。

緊急事態でも、九頭龍祈願などは、
絶大な証が続出します。
九頭龍師は愛念のカタマリになる練習を、
常日頃からさせていただいてるからです。


2)この世の準備は時間がかかる

これは常識的に考えてもそう。
この世で何かやろうとすれば、
時間がかかるのです。

神様が、
ちょっと職場環境を変えてやろうと思っても、
本人だけを動かせばいいかというと、
そうはいきません。

人事異動よろしく、
ある人をこっちに動かせば、
別の人が押し出され、
それがまた別の人に影響し…
となりますから、
神様も順を追って、
きちんと準備されるのです。
だから時間がかかる。

体験的に、
大きな願いになればなるほど、
叶うのは後になるようです。


3)本人がまだそのレベルに至ってない

人が苦しむには苦しむ理由があります。
・まだ業と因縁の抹消が終わってない。
・立派になるための訓練が終わってない。
このどちらかです。

とくに、人間というのは、
楽しくすいすい行くときより、
苦しんでうんうん唸っている時のほうが、
何十倍も進歩しています。

しかし、その時は「苦しい~」と感じても、
あとで振り返ったら、想い出がきらきら輝いている。
そんなことってありませんか?
そんなとき、魂は無上の喜びを感じてるんですね。

何度も書きましたが、
ときに、苦しみそのものが、
神様のご褒美だったりします。

そうやって蓄積した実力や経験は、
一生涯消えることなく、
ずっと幸せの種を生み続けますから、
願いが叶うまでの悶々とした時間は、
何よりも尊いものです。



…だからこそ、功徳というのは、
中身の見えないコップに水を注ぐようなもので、
まだかな、まだかな、と思っているうち、
ある日突然、どばっと溢れ出てくるといいます。

また、この「待っている時間」というのが、
神様から見れば何よりも大事です。

根気と忍耐を練り上げ、
ひたすら神様を慕う心を涵養し、
信仰心を本物にする黄金の時間だからです。

ここで積み上げた「恒の徳」に比べたら、
この世のお金や地位など、
なんでもないくらいです。


時間がかかるのは、
やはりいいことなのです。

「冷や飯」の効用 2

深見先生の本に、
「本来、人間には、好運期も衰運期もない」
という言葉があります。

脚光を浴びて、
なんでもすいすいうまく行ってる時には、
もうすでに、衰退と滅びが始まっています。
だからこそ、君子たるものは、
己を戒め、謙虚に周囲の言うことに耳を傾け、
道を踏み外さないよう注意する必要があります。

逆に、不運の時、不遇をかこう時こそ、
未来に躍進する下地を作るチャンスです。

冷や飯を食いながら、
じっくり肝を練り、
他者の痛みを知り、
知識と経験を蓄えて、
やがて大活躍する準備をするのです。

『易教』という本は、
すべてこの精神で貫かれています。


菅首相も、
岡田監督も、
いったんはどん底を経験し、
真剣に己と向き合い、
他者を見つめなおし、
来し方、行く末を考えたからこそ、
この6月の躍進があったのでしょう。

そう考えると、
冷や飯を食った数が、
人間の価値であり、
実力であり、
魅力になり得るのです。

同じ事柄でも、
それを不遇・不運ととるか、
未来への種蒔きととるか、
同じ事柄でも天と地の差ですね。


これは普遍的な神の教え。

人種も、宗教も関係なく、
万国共通で当てはまる事柄です。

だから、神は、
将来的に大きく活躍させようとする人間には、
まず、試練を与え、冷や飯をたっぷり食わせます。

これが神の愛です。

父親的な愛であり
先々の永続的な幸せを考えた、
本当の愛です。


今の政界をみても、
脚光を浴びる人もいれば、
新たに「冷や飯」を食う人もいます。

菅氏の登場とともに、
権勢を誇った小沢氏とそのグループは、
今や「干された」状況にあります。

私には、
政治や政策の内容はよくわかりませんが、
皆、神様が使われる「役者」と考えるならば、
小沢氏か、その意志を継ぐ若い政治家の誰かが、
善玉役であれ悪役であれ、
また活躍する日がきっと来るでしょう。

小沢氏が、
「蘇りの里」熊野に参拝されたと聞いて、
そう思いました。


自民党もそうです。
昨年秋に野党に転落して後、
どうにも民主党を攻めきれずに、
もがいているように見えますが、
この機会こそが、
長い与党時代の旧弊や悪癖を一層し、
新時代の政党として生まれ変わる、
千載一遇の大チャンスです。

数年後か、その先か、
自民党が、
あるいは自民党の個々の政治家が、
ふたたび勢いを盛り返す日が
来るならば、
現在の不運、不遇こそが、
その原動力となるはずです。


今、日本の国は、
「古今未曾有の大発展」を迎える
プロセスにあるといいます。

そうなるよう、
神様が、右に、左に、
鍛えておられるのだとか。

内外の政治経済の情勢が、
これほど厳しく、
予測もつかないのは、
やはり、神様の本当の愛です。

「日本の国の繁栄は、
やはり確実に準備されつつある」

…6月初めの雄島雌島神事に参加して、
その後に起こったことを見るにつけ、
そのことを強く実感します。


長い人生には、
時に裁きがあり、
時に試練があり、
困窮し、呻吟するようなことが、
降ってきます。

しかし、それが神の愛。

そんなときこそ、神に感謝し、
「この後に、大きなチャンスが待っている」
と信じて、
勇んで冷や飯を食い、
己を立派に、
大きく成長させたいものです。


「冷や飯」の効用 1

菅内閣の成立。
そして、
ワールドカップ日本代表の躍進。
この、6月の話題をさらった事柄です。

二つを見ていても、
ふと気付かされることがあります。

それは、
どちらもどん底を経験し、
不遇をかこい、
冷や飯を食った経験が、
躍進のベースになっていることです。

菅直人氏は、
かつて党首だったころ、
自民党政権の閣僚たちに、
年金未納記録があることをあげつらい、
「未納三兄弟」などといって攻撃しました。

しかし、その後、
自身にも未納歴があることが発覚し、
世間の非難が集中。

ご本人は党首を辞任し、
文字通りに頭を丸めて、
四国のお遍路さんに出ていまいました。

これをパフォーマンスだと言う人もいますが、
その惨めさ、悔しさは、いかばかりだったか。
察するに余りあります。

また、その後、民主党に合流した小沢氏が、
党内で勢力を持ってくると、
小沢氏とそりの合わない菅氏の立場は、
かなり難しくなりました。

厳しい状況を、
我慢に我慢、忍耐に忍耐を重ねて、
政界を生きてこられたといいます。

今回の首相就任は、
鳩山氏の自滅のよる棚ボタですが、
ひたすら続けた忍耐に、
ようやく花が咲いたものといえるでしょう。


サッカーの岡田監督もそうです。

1998年のワールドカップフランス大会では、
主力選手である三浦カズ氏を直前で外した上、
さんざんな惨敗を喫したことで、
大変なバッシングを受けました。

それから10年。

オシム氏が倒れるという非常事態だったとはいえ、
もう一度、日本代表監督を受諾するにあたって、
かなりの勇気が必要だったでしょう。
しかも、「谷間世代」と言われるように、
数年前と比べ、戦力的に劣るとされた
チームの監督を引き受けたのです。

悪いことに、
主力選手を怪我で欠くなどの不運も重なり、
肝心のワールドカップイヤ―の今年を迎えて、
日本代表は絶不調。
直前の強化試合は4連敗です。

これには日本国中の怒りが爆発し、
岡田監督の退任を望む声が9割に達し、
本人も一度は辞表を用意したといいます。

そんな中で、
腹をくくり、
迷いを振り切って行った戦術変更が、
ずばりと当たったのです。

そして、運のいいことに、
そこに、本田や松井、長谷部といった、
若いスタープレイヤーたちが揃い、
最高のタイミングで間に合った。


政治とスポーツという違いはあれど、
いったんはどん底に沈み、
冷や飯を食った男達が、
時宜を得て脚光を浴び、
一躍スターダムにのし上がったのが、
この6月でした。



冬神業

2月21日から27日まではとても大事な時間です。

節分から立春にかけて、天界のふたが開いて冬神業のスタートです。
一年で最も気が冴え、澄みきります。
そして、そのクライマックスとなるのが、この1週間です。
植松先生に、すの神様が降りられたのもこの時です。

ふだんはめったにお出ましになることのない、
超高次元の神様がいらっしゃり、
私たちに御魂の恩頼(ふゆ)を授けてくださるそうです。

この時期に御魂に宿ったものは、
やがて春になると芽を吹き、
やがて大きな木となり、花を咲かせ、実となります。

具体的には、
新しい出会いや発見、気づきとなり、
生活や人生を、大きく変化させていくのです。
今年一年の成否を決める、大事な「何か」を授かるのですね。

そういう、
「幸せの種」を、
バッテリーチャージさせていただいているのが、
冬神業の間といえるでしょう。

ですからこれからしばらく、
支部で、家で、職場で、
神様にいろいろと問いかけたいと思います。


ちょうど、豆木できれいになったとこでもありますし。

・・・と、今、ふと気がつきましたが、
もしかしたら、ご先祖さんが豆木を書くように「催促」されたのは、
この絶好の機会を逃さないようにとの、「親心」だったのかもしれません。

いずれにせよ、澄み渡り、晴れ渡った空の気持ちで、
神に祈りたいと思います。


発願、試練、成就。(4)

だから、
ご神業をやってて、
苦しいなとか、
困難だなとか、
思ったときがチャンスです。

自分が飛躍し、
立派になり、
なりたかった自分になるチャンス。

その後きっと、
思いがけない大活躍が始まります。

本当です。

多くの実例が物語っていることです。


もちろん、
修業に終わりはありません。

だから、一つの試練を越せば、
また次の発願をし、
さらに立派になるための、
新しいサイクルが始まるのですが。

(それゆえ、
支部長さんたちやエリア議長さんなどは、
いつも、より次元の高い課題にチャレンジし、
喜んで葛藤しておられるように感じます。
頭が下がりますね)


残念なことに、
ネット上でワールドメイトのことを
あれこれ言う人々がいます。

もちろん、
思考パターンや、用語の使い方をみれば、
「ああ、他教団の方だな・・・」と、
一発でわかる方々が中心なようですが、
中には本当の退会者、現会員もおられるようです。


そういう方々に伺いたい。


あなたは立派になれますようにと、
一度でも神様に発願したことはないですか?

もしそうだとしたら、
理不尽な葛藤や、
あられもない苦労が起こるのは、
むしろ当然のことではないのですか?

神様の知恵は、
私たちを圧倒的に上回っていますから、
私たちの頭で理解できたり、
すんなり納得できるようなことばかりではありません。

むしろ、理屈で考えて意味がわからないからこそ、
ギリギリまで悩み、追い詰められ、魂の底から振り絞るように祈る。
…それが「御魂磨き」だと、ワールドメイトで勉強したのではないですか?


もし、ひとたびそのことに気付いたならば、
「試しに」でいいですから、
ぐだぐだ言ったことを神様にお詫びし、
「無理矢理に」でもいいですから、
神様に感謝してみるといいでしょう。

神様はきっと許してくださいます。

そしてきっと、
これまでの苦しみを散らし、
新しいステージをひらいて下さるでしょう。


折しも明日から、
三輪でのご神業です。

「昔の傷をいやし、
過去の過ちをいやし、
過去を許し、
昔の傷を修復する」
という、喜天観音様がお出ましになります。

そしてそのまま節分となり、
冬神業のスタートです。

神心からずれた部分をただされ、
神の御心を第一として生きる、
人として最高に幸せな人生になるよう、
神様に導いていただけるでしょう。

そしてそれは、
これまで苦しみや困難が大きかった人にこそ、
大きな福徳と恵みとなってやってくるはずです。


そう信じて、私自身も、
神に向かう気持ちを新たにしたいと思います。

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Son of Zeus

Author:Son of Zeus
ワールドメイト的、実験劇場です。
本当に神が実在し、人を幸せにしてくださる「現実」を実感しましょう!

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