脱・霊媒宣言 6
さて。
転機というのは、ワールドメイトの箱根神業です。
「神法悟得会」を受けました。
上級編です。
審神の基礎を学べる。
これを受ければ、
基礎的な自動書記など、
簡単にできるといい、
その霊能力は、
巷の宗教団体の教祖さんを、
はるかに上回るといいます。
びっくりしました。
飛びあがりました。
夏休みにバイトして、
お玉串をため、
ドキドキしながら受けました。
本当の超能力とは・・・
本当の霊能力とは・・・
はたしていったい何なのか?
私としてはぜひ知りたかったのです。
結果は・・・。
人生が変わりました。
単純に「見える聞こえる」の世界が、
いかに無意味で有害なのか。
それを何度となく実感してましたから、
ここで深見先生がおっしゃることの
その意味がバンバン胸に響きました。
本当の超能力とは、
人を幸せにしなければ意味がありません。
しかし、中途半端な霊能のおかげで、
他人を幸せにするどころか、
自分すら不幸にする人が、
世の中いかに多いことか。
はっきりいって、
霊が見えたって、
何ひとついいことないのです。
絶対にない。
むしろ、
日常生活が破壊され、
社会性がなくなって、
それで終わりです。
深見先生の本にある通り、
霊が見えたからといって、
正しい審神の能力なければ、
霊の騙されて終わりです。
ちょっとばかり敏感な人が、
いいように霊に騙されて、
本当に精神病院に入ってしまった
そんな悲しい事例を
私はたくさん知っています。
私だって、
深見先生の本に出会ってなければ、
そうなっていたかもしれません。
道を歩いても、
車を運転してても、
青白い顔の霊と目があう。
夜になれば、
いつも金縛りと幽体離脱。
いざというときのために、
パワーコールを覚えておいて、
電気をつけなければ、
眠ることもできない。
そんな10代を過ごしてきました。
しかし、
本当の霊能力とは
そんなものじゃないのです。
人を幸せにする超能力とは、
そんなものでは断じてない。
むしろ、
もっと普通です。
特殊能力があるようには、
外からは誰にもわからない。
本人だって、
そんなオドロオドロしい
能力が自分に備わっているとは、
夢にも思っていない。
ふつうに仕事をし、
ふつうに社会人として活動し、
ふつうに生きている。
しかし、
いざ、重大な局面に立たされたり、
責任のある決断を下すときには、
必ずその見通しがピタリとあたり、
絶対に成功して周囲を幸せにする。
そういう人が、
本物中の本物の、
本当の霊覚者でしょう。
霊が見えるとか、
聞こえるとか、
そういうことは
一切関係ない。
むしろ、
下手に気持ち悪いものが
見えてしまったら、
判断の障害になる場合が多い。
そういうものに
振り回されることなく、
人間として正しい努力を重ね、
社会人としての常識と礼儀にのっとり、
正しく周囲も自分も幸せにする。
そういう能力こそ
大切なのです。
ワールドメイトに入会して、
神法悟得会を受けて、
そのことを、
心の底から実感しました。
敏感な、
霊媒体質だった私の
人生観がまるっきり変化したのです。
転機というのは、ワールドメイトの箱根神業です。
「神法悟得会」を受けました。
上級編です。
審神の基礎を学べる。
これを受ければ、
基礎的な自動書記など、
簡単にできるといい、
その霊能力は、
巷の宗教団体の教祖さんを、
はるかに上回るといいます。
びっくりしました。
飛びあがりました。
夏休みにバイトして、
お玉串をため、
ドキドキしながら受けました。
本当の超能力とは・・・
本当の霊能力とは・・・
はたしていったい何なのか?
私としてはぜひ知りたかったのです。
結果は・・・。
人生が変わりました。
単純に「見える聞こえる」の世界が、
いかに無意味で有害なのか。
それを何度となく実感してましたから、
ここで深見先生がおっしゃることの
その意味がバンバン胸に響きました。
本当の超能力とは、
人を幸せにしなければ意味がありません。
しかし、中途半端な霊能のおかげで、
他人を幸せにするどころか、
自分すら不幸にする人が、
世の中いかに多いことか。
はっきりいって、
霊が見えたって、
何ひとついいことないのです。
絶対にない。
むしろ、
日常生活が破壊され、
社会性がなくなって、
それで終わりです。
深見先生の本にある通り、
霊が見えたからといって、
正しい審神の能力なければ、
霊の騙されて終わりです。
ちょっとばかり敏感な人が、
いいように霊に騙されて、
本当に精神病院に入ってしまった
そんな悲しい事例を
私はたくさん知っています。
私だって、
深見先生の本に出会ってなければ、
そうなっていたかもしれません。
道を歩いても、
車を運転してても、
青白い顔の霊と目があう。
夜になれば、
いつも金縛りと幽体離脱。
いざというときのために、
パワーコールを覚えておいて、
電気をつけなければ、
眠ることもできない。
そんな10代を過ごしてきました。
しかし、
本当の霊能力とは
そんなものじゃないのです。
人を幸せにする超能力とは、
そんなものでは断じてない。
むしろ、
もっと普通です。
特殊能力があるようには、
外からは誰にもわからない。
本人だって、
そんなオドロオドロしい
能力が自分に備わっているとは、
夢にも思っていない。
ふつうに仕事をし、
ふつうに社会人として活動し、
ふつうに生きている。
しかし、
いざ、重大な局面に立たされたり、
責任のある決断を下すときには、
必ずその見通しがピタリとあたり、
絶対に成功して周囲を幸せにする。
そういう人が、
本物中の本物の、
本当の霊覚者でしょう。
霊が見えるとか、
聞こえるとか、
そういうことは
一切関係ない。
むしろ、
下手に気持ち悪いものが
見えてしまったら、
判断の障害になる場合が多い。
そういうものに
振り回されることなく、
人間として正しい努力を重ね、
社会人としての常識と礼儀にのっとり、
正しく周囲も自分も幸せにする。
そういう能力こそ
大切なのです。
ワールドメイトに入会して、
神法悟得会を受けて、
そのことを、
心の底から実感しました。
敏感な、
霊媒体質だった私の
人生観がまるっきり変化したのです。
脱・霊媒宣言 5
ところが、そんな私に、もうひとつの転機が訪れるました。
大学3年の秋です。
かつてほどでないにしろ、
相変わらずの敏感体質です。
とはいえ、
浮遊霊の姿を見る頻度は減りました。
もう、低級霊への興味や関心は、
完全になくなったからかもしれません。
かわりに、直観が冴えてきました。
近未来がなんとなくわかったり、
人の気持ちがわかったり。
友人たちも、
なんとなく不思議に思っていたようです。
いつも相談を持ち掛けられます。
サークルやゼミのリーダーを
かけもちしてたこともあり、
なんとなく、私のアドバイスを聞いて、
はじめて安心するような、
そんな「お約束」ができていたようです。
おかげで私の部屋はいつも友人でいっぱい。
当時は(今もですが)
「学生は学業が第一」というのがワールドメイト(コスモメイト)です。
それほど熱心に布教をしませんでした。
私も、コスモメイトに友人を連れていくことは、
とくにやってませんでしたが、それでも、
友人たちが次々と(勝手に)入会したのもこの頃です。
私の部屋に遊びにきて、
いろいろと相談をして、
そして、本棚にある深見先生の本を見つけて・・・
だいたいそのパターンです。
ともかく、
感性が極度に発達してしまったのでしょう。
逆に、学業はおろそかになり(本が読めなくなった)、
喘息が発病したりして、体力が落ちました。
繰り返しますが、
生きていくにおいて、
霊媒体質は何の役にも立ちません。
むしろ、少しばかりの能力が仇となり、
人生を誤る人が多いようです。
それは信仰においてもそう。
神のご意向とか、
尊い御教えよりも、
自分の意見や欲望を優先させるようになります。
実際の話、
コスモメイト時代に知り合った会員には、
霊能者もたくさんいました。
「○○の神様と話した」
「○○の霊を飛ばしてやったわ」
そんな会話を常にしてる人々。
そういう人に限って、
社会性がなく、
礼儀がなく、
仕事もできず生活力もない。
知識も偏り、
思いこみも強く、
話してて、ちっとも面白くない。
誰からも尊敬されない人格なのに、
ふんぞりかえって偉そぶるから、
誰からも敬遠され、
やがて周囲や組織を悪し様に罵って
ついにはやめていく。
そうやって、
いろんなところを渡り歩いている人が
けっこう多いようです。
いずれも、
後ろ脚で砂をかけるようにしていなくなり、
元いたところの悪口をいつまでも言っています。
そのことひとつとっても、
決して尊敬できる人々ではありませんし、
なにより、ご本人たちも決して幸せではないでしょう。
「声聞、縁覚は救いようがない」
といいますが、
中途半端に霊能が開いた人ほど、
救いようのない人はいません。
大きな悲劇です。
なにしろ、
誰の助言や忠告も聞かないのですから、
神様だって救済しづらいでしょう。
結局、自分自身が一番不幸になるというのに・・・。
私は、そんな人間にはなりたくなかった。
決してなりたくなかったのです。
大学3年の秋です。
かつてほどでないにしろ、
相変わらずの敏感体質です。
とはいえ、
浮遊霊の姿を見る頻度は減りました。
もう、低級霊への興味や関心は、
完全になくなったからかもしれません。
かわりに、直観が冴えてきました。
近未来がなんとなくわかったり、
人の気持ちがわかったり。
友人たちも、
なんとなく不思議に思っていたようです。
いつも相談を持ち掛けられます。
サークルやゼミのリーダーを
かけもちしてたこともあり、
なんとなく、私のアドバイスを聞いて、
はじめて安心するような、
そんな「お約束」ができていたようです。
おかげで私の部屋はいつも友人でいっぱい。
当時は(今もですが)
「学生は学業が第一」というのがワールドメイト(コスモメイト)です。
それほど熱心に布教をしませんでした。
私も、コスモメイトに友人を連れていくことは、
とくにやってませんでしたが、それでも、
友人たちが次々と(勝手に)入会したのもこの頃です。
私の部屋に遊びにきて、
いろいろと相談をして、
そして、本棚にある深見先生の本を見つけて・・・
だいたいそのパターンです。
ともかく、
感性が極度に発達してしまったのでしょう。
逆に、学業はおろそかになり(本が読めなくなった)、
喘息が発病したりして、体力が落ちました。
繰り返しますが、
生きていくにおいて、
霊媒体質は何の役にも立ちません。
むしろ、少しばかりの能力が仇となり、
人生を誤る人が多いようです。
それは信仰においてもそう。
神のご意向とか、
尊い御教えよりも、
自分の意見や欲望を優先させるようになります。
実際の話、
コスモメイト時代に知り合った会員には、
霊能者もたくさんいました。
「○○の神様と話した」
「○○の霊を飛ばしてやったわ」
そんな会話を常にしてる人々。
そういう人に限って、
社会性がなく、
礼儀がなく、
仕事もできず生活力もない。
知識も偏り、
思いこみも強く、
話してて、ちっとも面白くない。
誰からも尊敬されない人格なのに、
ふんぞりかえって偉そぶるから、
誰からも敬遠され、
やがて周囲や組織を悪し様に罵って
ついにはやめていく。
そうやって、
いろんなところを渡り歩いている人が
けっこう多いようです。
いずれも、
後ろ脚で砂をかけるようにしていなくなり、
元いたところの悪口をいつまでも言っています。
そのことひとつとっても、
決して尊敬できる人々ではありませんし、
なにより、ご本人たちも決して幸せではないでしょう。
「声聞、縁覚は救いようがない」
といいますが、
中途半端に霊能が開いた人ほど、
救いようのない人はいません。
大きな悲劇です。
なにしろ、
誰の助言や忠告も聞かないのですから、
神様だって救済しづらいでしょう。
結局、自分自身が一番不幸になるというのに・・・。
私は、そんな人間にはなりたくなかった。
決してなりたくなかったのです。
脱・霊媒宣言 4
ところが、私のほうは、
それで終わりではありませんでした。
むさぼるように、
深見先生の本をすべて読み、
いろいろと勉強させていただき、
むしろますます、神仏の存在を
強く実感するようになりました。
高校からの帰りに、
必ず神社で祈る習慣がついたのもこの頃。
白昼の神社で祈りながら
立ったまま意識が遠くなり、
うとうとしてたら夢に神様(?)が出てきたり、
けっこうあやしい体験もしました。
(ちなみに、女神様でした)
大学に入ってからも、
かつてほどではないにしろ、
敏感な体質は続きました。
時々は金縛りにもあいます。
5分もあれば、パワーコールで脱出できますが。
ただ、幽体離脱はどうしていいかわからない。
仰向けに寝ると、
必ずお腹から自分の霊が抜けていって、
天井を漂います。
夜空に出て、そのまま海まで流れたこともあります。
なんとなく気持ち悪くて、
あんまりありがたいものじゃありません。
とjはいえ、
なんといっても、
ワールドメイトに入会し、
熱心に通い始めたのがこの頃。
本当に神居ます斎庭で、
驚くほど素晴らしい体験を
毎日のようにするようになりました。
「こんな体質でよかった」
と思ったのは、最初の星ツアー。
一発目から、クリアに見える、聞こえる、お話できる。
しかも、その後、深見先生が解説される世界と、
ぴったりそのまま同じ光景を、
私も見ているのです。
びっくりしました。
家に帰って、
星ツアーで見たものを、
たくさん絵に書いているのが、
今でも残ってます。
相当に興奮していたのでしょう。
定例セミナーは、
毎月欠かさず参加です。
深見先生のお取り次ぎで
降りてこられるご神霊の
風や気や香りを感じ、
本当に陶酔する日々。
「よくわかんない」とか言って
途中でやめていった人が、
信じられませんでした。
「これだけはっきり神様がいらっしゃるのに、なぜ!?」
その頃の私には理解不能でした。
ともあれ、
本当の正神界のご神霊を実感すれば、
もう、それだけで幸せの極致。
これほど素晴らしい世界はありません。
もちろん、低級な霊も感じることは感じます。
しかし、救霊を受けるごとに、
だんだんその頻度は少なくなります。
ときたま、浮遊霊を連れて帰っても、
金縛りにあわない方法をいくつも覚えました。
あ。
ひとつ言えるのですが、
「金縛りにあいそうだ」と思ったときに、
一番効果があるのは、
もちろん、正しいお祈りをして寝ることです。
ワールドメイトでお祈りの仕方を習えば、
そういう悩みはほぼ完全に解消するでしょう。
しかし、一般の人にもできる裏ワザがひとつ。
それは、「電気をつけたまま寝ること」
ははは。簡単でしょ?
けっこう、やってる人は多いようです。
私もこれが習慣となり、
数年前までは、電気がついてないと
眠れないほどになりました。
もっとも、
霊によっては、明るくても平気なのもいます。
とにかく、金縛りで悩んでいる方は、
ワールドメイトを信じるか信じないかはともかくとして、
まずは一度、救霊を受けることをお勧めします。
ワールドメイトと関係ない、
巷の霊能者や占い師が、
「あそこの徐霊は効く」と言ってるそうです。
そういう人の紹介で、
ワールドメイトを訪れる人は多いですから、
まずは一度、いらしてみることをお勧めします。
ともかく、
そうして「見える。聞こえる。感じる」の日々は、
だんだん質を変化させて続いたのです。
ワールドメイトに入会してよかったと思いながら。
それで終わりではありませんでした。
むさぼるように、
深見先生の本をすべて読み、
いろいろと勉強させていただき、
むしろますます、神仏の存在を
強く実感するようになりました。
高校からの帰りに、
必ず神社で祈る習慣がついたのもこの頃。
白昼の神社で祈りながら
立ったまま意識が遠くなり、
うとうとしてたら夢に神様(?)が出てきたり、
けっこうあやしい体験もしました。
(ちなみに、女神様でした)
大学に入ってからも、
かつてほどではないにしろ、
敏感な体質は続きました。
時々は金縛りにもあいます。
5分もあれば、パワーコールで脱出できますが。
ただ、幽体離脱はどうしていいかわからない。
仰向けに寝ると、
必ずお腹から自分の霊が抜けていって、
天井を漂います。
夜空に出て、そのまま海まで流れたこともあります。
なんとなく気持ち悪くて、
あんまりありがたいものじゃありません。
とjはいえ、
なんといっても、
ワールドメイトに入会し、
熱心に通い始めたのがこの頃。
本当に神居ます斎庭で、
驚くほど素晴らしい体験を
毎日のようにするようになりました。
「こんな体質でよかった」
と思ったのは、最初の星ツアー。
一発目から、クリアに見える、聞こえる、お話できる。
しかも、その後、深見先生が解説される世界と、
ぴったりそのまま同じ光景を、
私も見ているのです。
びっくりしました。
家に帰って、
星ツアーで見たものを、
たくさん絵に書いているのが、
今でも残ってます。
相当に興奮していたのでしょう。
定例セミナーは、
毎月欠かさず参加です。
深見先生のお取り次ぎで
降りてこられるご神霊の
風や気や香りを感じ、
本当に陶酔する日々。
「よくわかんない」とか言って
途中でやめていった人が、
信じられませんでした。
「これだけはっきり神様がいらっしゃるのに、なぜ!?」
その頃の私には理解不能でした。
ともあれ、
本当の正神界のご神霊を実感すれば、
もう、それだけで幸せの極致。
これほど素晴らしい世界はありません。
もちろん、低級な霊も感じることは感じます。
しかし、救霊を受けるごとに、
だんだんその頻度は少なくなります。
ときたま、浮遊霊を連れて帰っても、
金縛りにあわない方法をいくつも覚えました。
あ。
ひとつ言えるのですが、
「金縛りにあいそうだ」と思ったときに、
一番効果があるのは、
もちろん、正しいお祈りをして寝ることです。
ワールドメイトでお祈りの仕方を習えば、
そういう悩みはほぼ完全に解消するでしょう。
しかし、一般の人にもできる裏ワザがひとつ。
それは、「電気をつけたまま寝ること」
ははは。簡単でしょ?
けっこう、やってる人は多いようです。
私もこれが習慣となり、
数年前までは、電気がついてないと
眠れないほどになりました。
もっとも、
霊によっては、明るくても平気なのもいます。
とにかく、金縛りで悩んでいる方は、
ワールドメイトを信じるか信じないかはともかくとして、
まずは一度、救霊を受けることをお勧めします。
ワールドメイトと関係ない、
巷の霊能者や占い師が、
「あそこの徐霊は効く」と言ってるそうです。
そういう人の紹介で、
ワールドメイトを訪れる人は多いですから、
まずは一度、いらしてみることをお勧めします。
ともかく、
そうして「見える。聞こえる。感じる」の日々は、
だんだん質を変化させて続いたのです。
ワールドメイトに入会してよかったと思いながら。
脱・霊媒宣言 3
ところが。
私のところに
霊が来ないということは、
つまり妹のとこに来るということ。
案の定、
その日から妹は、
激しい金縛りに
苦しめられていたようです。
当然、『強運』も読ませましたが、
妹は金縛りにかかると、
思考力までなくなるようです。
だから、
パワーコールを思い出すどころじゃないのです。
参りました。
毎朝、「昨日もきた・・・」
と苦しそうに言う妹に
どうアドバイスしていいかわかりません。
ほとほと困った。
そのころ、
深見先生の本は
たった『強運』の一冊きりしかなかったので、
それこそ、隅々まで読みました。
そして、
あることを思いついたのです。
「ロゴマークだ!」
『強運』ファンにおなじみの、
あのロゴマークです。
正神界からのパワーを受ける、
あの特殊なマークなら、
なんとかなるかもしれない!
正しくは、
コピーして使うべきでしょうが、
矢も楯もたまらず、
思いついたと同時に、
はさみでじょきじょき切り取り、
妹のベッドの枕元に
貼ってやりました。
不思議そうな顔の妹でしたが、
ともかく藁をもすがりたい気持ちです。
おがむようにロゴマークを見つめてました。
さて、その効果のほどは・・・。
テキメンです。
その日以来、
あれほど悩まされた金縛りに、
もう苦しめられることが
なくなったそうです。
それどころか、
体質がすっかり変ったようで、
霊を感じることもなくなり、
快活に学生生活を謳歌してました。
なんとすごい。
その後、彼女は、
大学時代にひとり暮らしをしましたが、
そこは戦時中、たくさんの方が亡くなった街。
正直、私は心配しましたが、
一度も霊を見たり聞いたりすることは
なかったようです。
「本当に大丈夫か?」
と聞く私に、
「怖いこと言わないでよー」
と笑って答える妹。
しかも、
あのロゴマークは、
実家の壁に貼りっぱなし。
もう助けがなくても、
まったく大丈夫になったようです。
それどころか、もはや彼女は、
かつてあれほど過敏だったことすら
よく覚えていませんでした。
もう、彼女はスプーン曲げもできません。
もっとも、妹も今は主婦ですから、
自分の子供がスプーンの首をもげば、
今度は彼女がしばき上げる番でしょう。
こうして、
私たち兄弟の、
思春期の霊媒体質は、
『強運』という一冊の本によって、
すっぱりと終わりました。
あれはいったい何だったのか?
あまり愉快な思い出ではないので、
ふだんは忘れていますが、
これほど鮮やかに
神や霊の存在を実感できたことが、
私の原点のひとつであることは確かです。
妹のほうは、
そんなことまで含め、
すっかり忘れているようですが・・・。
私のところに
霊が来ないということは、
つまり妹のとこに来るということ。
案の定、
その日から妹は、
激しい金縛りに
苦しめられていたようです。
当然、『強運』も読ませましたが、
妹は金縛りにかかると、
思考力までなくなるようです。
だから、
パワーコールを思い出すどころじゃないのです。
参りました。
毎朝、「昨日もきた・・・」
と苦しそうに言う妹に
どうアドバイスしていいかわかりません。
ほとほと困った。
そのころ、
深見先生の本は
たった『強運』の一冊きりしかなかったので、
それこそ、隅々まで読みました。
そして、
あることを思いついたのです。
「ロゴマークだ!」
『強運』ファンにおなじみの、
あのロゴマークです。
正神界からのパワーを受ける、
あの特殊なマークなら、
なんとかなるかもしれない!
正しくは、
コピーして使うべきでしょうが、
矢も楯もたまらず、
思いついたと同時に、
はさみでじょきじょき切り取り、
妹のベッドの枕元に
貼ってやりました。
不思議そうな顔の妹でしたが、
ともかく藁をもすがりたい気持ちです。
おがむようにロゴマークを見つめてました。
さて、その効果のほどは・・・。
テキメンです。
その日以来、
あれほど悩まされた金縛りに、
もう苦しめられることが
なくなったそうです。
それどころか、
体質がすっかり変ったようで、
霊を感じることもなくなり、
快活に学生生活を謳歌してました。
なんとすごい。
その後、彼女は、
大学時代にひとり暮らしをしましたが、
そこは戦時中、たくさんの方が亡くなった街。
正直、私は心配しましたが、
一度も霊を見たり聞いたりすることは
なかったようです。
「本当に大丈夫か?」
と聞く私に、
「怖いこと言わないでよー」
と笑って答える妹。
しかも、
あのロゴマークは、
実家の壁に貼りっぱなし。
もう助けがなくても、
まったく大丈夫になったようです。
それどころか、もはや彼女は、
かつてあれほど過敏だったことすら
よく覚えていませんでした。
もう、彼女はスプーン曲げもできません。
もっとも、妹も今は主婦ですから、
自分の子供がスプーンの首をもげば、
今度は彼女がしばき上げる番でしょう。
こうして、
私たち兄弟の、
思春期の霊媒体質は、
『強運』という一冊の本によって、
すっぱりと終わりました。
あれはいったい何だったのか?
あまり愉快な思い出ではないので、
ふだんは忘れていますが、
これほど鮮やかに
神や霊の存在を実感できたことが、
私の原点のひとつであることは確かです。
妹のほうは、
そんなことまで含め、
すっかり忘れているようですが・・・。
脱・霊媒宣言 2
ところがある日、
転機が訪れました。
私が、
深見先生の『強運』を
買ってきたのです。
運をよくする本だとばかり思っていたら、
なんとそこには、
「金縛りから逃れるパワーコール」
があるではありませんか!
もともと、
「なんとなく面白そうだなー」
と思って買っただけなので、
そんな「ありがたい」ものがあるとは
予想外でした。
飛び上がるくらいうれしかった。
さっそく、実践です。
いつものように、
電気を消す瞬間に、
部屋の隅を「陰」が
よぎったその日、
それはふたたび来ました。
夜半に、
ぞわぞわした感覚と、
耳鳴りで目が覚めた瞬間、
金縛りにかかります。
経験のある人はわかるでしょう。
本当に苦しいのです。
体が動かないだけでなく、
強烈な不快感と
圧迫感で押しつぶされそうになる。
底知れぬ恐怖です。
どこか深い穴の中に
落ちていき、
お尻の芯が
ふわふわ抜け出るような
嫌な感覚が続いて、
どっと疲れます。
全身汗まみれです。
体のどの部分でもいい。
指一本でも動いたら、
金縛りは解けます。
しかし、それができない。
叫ぼうにも声が出ない。
なぜ「金縛り」というのか
かかったことがあれば
よくわかるでしょう。
しかし、
思考だけは自由です。
頭の中はクリアに、
いろいろ考えます。
いつもなら、
ひたすら不安と恐怖と
戦い続ける数十分です。
ところが、
今日は違います。
深見先生の本にある、
パワーコールを
完全に暗記しているのです。
大丈夫。
大丈夫。
これで勝てるはずだ・・・。
おもむろに、
頭の中で一回唱えてみます。
あれ?
変化ないな・・・。
もう一回、
あれ?
やはり変化なし。
しまった。
この本の内容は嘘だったのか・・・
そう思った瞬間です。
びかっと何かが光ったかと思うと、
一瞬にして「それ」は消えていきました。
後には静かな夜。
いつもなら、
金縛りが解けた後も
しばらくねっとりとした
不快な感覚が全身にまとわりつきます。
しかし、今日はそれがない。
むしろ、
心地よい乾いた夜風が
そよいでいるようで、
爽快なことこの上もありません。
起き上がって
窓を開けたら、
月が夜の町を照らしてました。
なんとすがすがしい夜。
神様に深く感謝して、
その日はひさしぶりに
ぐっすりと眠りました。
深い安心の中で。
生まれて初めて、
金縛りに打ち勝った夜でした。
『強運』のパワーコールによって。
転機が訪れました。
私が、
深見先生の『強運』を
買ってきたのです。
運をよくする本だとばかり思っていたら、
なんとそこには、
「金縛りから逃れるパワーコール」
があるではありませんか!
もともと、
「なんとなく面白そうだなー」
と思って買っただけなので、
そんな「ありがたい」ものがあるとは
予想外でした。
飛び上がるくらいうれしかった。
さっそく、実践です。
いつものように、
電気を消す瞬間に、
部屋の隅を「陰」が
よぎったその日、
それはふたたび来ました。
夜半に、
ぞわぞわした感覚と、
耳鳴りで目が覚めた瞬間、
金縛りにかかります。
経験のある人はわかるでしょう。
本当に苦しいのです。
体が動かないだけでなく、
強烈な不快感と
圧迫感で押しつぶされそうになる。
底知れぬ恐怖です。
どこか深い穴の中に
落ちていき、
お尻の芯が
ふわふわ抜け出るような
嫌な感覚が続いて、
どっと疲れます。
全身汗まみれです。
体のどの部分でもいい。
指一本でも動いたら、
金縛りは解けます。
しかし、それができない。
叫ぼうにも声が出ない。
なぜ「金縛り」というのか
かかったことがあれば
よくわかるでしょう。
しかし、
思考だけは自由です。
頭の中はクリアに、
いろいろ考えます。
いつもなら、
ひたすら不安と恐怖と
戦い続ける数十分です。
ところが、
今日は違います。
深見先生の本にある、
パワーコールを
完全に暗記しているのです。
大丈夫。
大丈夫。
これで勝てるはずだ・・・。
おもむろに、
頭の中で一回唱えてみます。
あれ?
変化ないな・・・。
もう一回、
あれ?
やはり変化なし。
しまった。
この本の内容は嘘だったのか・・・
そう思った瞬間です。
びかっと何かが光ったかと思うと、
一瞬にして「それ」は消えていきました。
後には静かな夜。
いつもなら、
金縛りが解けた後も
しばらくねっとりとした
不快な感覚が全身にまとわりつきます。
しかし、今日はそれがない。
むしろ、
心地よい乾いた夜風が
そよいでいるようで、
爽快なことこの上もありません。
起き上がって
窓を開けたら、
月が夜の町を照らしてました。
なんとすがすがしい夜。
神様に深く感謝して、
その日はひさしぶりに
ぐっすりと眠りました。
深い安心の中で。
生まれて初めて、
金縛りに打ち勝った夜でした。
『強運』のパワーコールによって。
脱・霊媒宣言 1
実際の話、
かつて私は霊媒体質でした。
見える。
聞こえる。
感じる。
とくに、思春期はすごかった。
ほとんど毎日、霊との戦いです。
とはいえ、
ちっともいいもんじゃありません。
ご経験のある方なら
おわかりいただけるでしょう。
要するに、
毎晩金縛りにあう。
幽体離脱する。
道で浮遊霊を見る。
そのまま連れて帰る・・・。
ほとほと嫌気がさします。
霊がからむことで、
いい思い出などひとつもない。
とくに金縛りには悩まされました。
はっきりいって寝るのが怖い。
毎晩、「今夜は出ないように」
と願いながら布団に入るのです。
夕方から夜になると、
その日、「出る」かどうかわかります。
家の中をうっすらとした「陰」が
さまいよい始めると、
必ずやられます。
夜中の3時か4時くらいに、
汗びっしょりになって、
ぜえぜえ言いながら
飛び起きるのです。
翌日は丸一日気持ちが沈みます。
神経症のようになって、
胃腸はいつも調子悪い。
身長169センチの私ですが、
高校3年生まで
ずっと体重40キロ台でした。
(これは、すこし懐かしいかな)
とにかく、
極度に敏感だった思春期です。
血筋かもしれません。
妹もそうでした。
一時期は私よりすごかった。
私がやられない日は
妹が金縛りです。
ふたりとも思春期です。
感性が極度に発達してました。
スプーン曲げなんか簡単です。
ごしごしこすってて、
カーっと熱くなったかと思うと、
すぐさまぐにゃりと曲がります。
妹はさらに進化して、
じっと見つめるだけで、
スプーンの首が
ぽきりともげました。
父は仰天。
母は激怒。
結局、おふくろにしばかれて、
ふたりともスプーン曲げはやめました。
確かに、スプーンが曲がっても
何の役にも立ちません。
霊媒体質って、損ばかりです。
それにしても困ったのが
金縛りです。
ふたりともこれには、
ほとほと悩まされました。
幽体離脱は私だけだったようですが。
妹は、金縛りの霊の顔を、
毎回はっきり識別できたそうです。
私はそれほどくっきり
見えないことのほうが多かった。
二人の話を総合すると、
どうやら年配の女性がひとり
うろうろしていたようです。
雨の日の午後は、
昼寝しててもやってきます。
悲しそうに足元にきて、
体に覆いかぶさるように
のしかかってきます。
何が言いたいのか
さっぱりわかりませんし、
どうしてあげればいいのかも、
ちっともわかりません。
とにかく、
これには二人とも
困りはてていました。
かつて私は霊媒体質でした。
見える。
聞こえる。
感じる。
とくに、思春期はすごかった。
ほとんど毎日、霊との戦いです。
とはいえ、
ちっともいいもんじゃありません。
ご経験のある方なら
おわかりいただけるでしょう。
要するに、
毎晩金縛りにあう。
幽体離脱する。
道で浮遊霊を見る。
そのまま連れて帰る・・・。
ほとほと嫌気がさします。
霊がからむことで、
いい思い出などひとつもない。
とくに金縛りには悩まされました。
はっきりいって寝るのが怖い。
毎晩、「今夜は出ないように」
と願いながら布団に入るのです。
夕方から夜になると、
その日、「出る」かどうかわかります。
家の中をうっすらとした「陰」が
さまいよい始めると、
必ずやられます。
夜中の3時か4時くらいに、
汗びっしょりになって、
ぜえぜえ言いながら
飛び起きるのです。
翌日は丸一日気持ちが沈みます。
神経症のようになって、
胃腸はいつも調子悪い。
身長169センチの私ですが、
高校3年生まで
ずっと体重40キロ台でした。
(これは、すこし懐かしいかな)
とにかく、
極度に敏感だった思春期です。
血筋かもしれません。
妹もそうでした。
一時期は私よりすごかった。
私がやられない日は
妹が金縛りです。
ふたりとも思春期です。
感性が極度に発達してました。
スプーン曲げなんか簡単です。
ごしごしこすってて、
カーっと熱くなったかと思うと、
すぐさまぐにゃりと曲がります。
妹はさらに進化して、
じっと見つめるだけで、
スプーンの首が
ぽきりともげました。
父は仰天。
母は激怒。
結局、おふくろにしばかれて、
ふたりともスプーン曲げはやめました。
確かに、スプーンが曲がっても
何の役にも立ちません。
霊媒体質って、損ばかりです。
それにしても困ったのが
金縛りです。
ふたりともこれには、
ほとほと悩まされました。
幽体離脱は私だけだったようですが。
妹は、金縛りの霊の顔を、
毎回はっきり識別できたそうです。
私はそれほどくっきり
見えないことのほうが多かった。
二人の話を総合すると、
どうやら年配の女性がひとり
うろうろしていたようです。
雨の日の午後は、
昼寝しててもやってきます。
悲しそうに足元にきて、
体に覆いかぶさるように
のしかかってきます。
何が言いたいのか
さっぱりわかりませんし、
どうしてあげればいいのかも、
ちっともわかりません。
とにかく、
これには二人とも
困りはてていました。
お盆の体験
証というより、
少しあやしい話ですが、
お盆には不思議な体験があります。
ワールドメイトの
お盆供養の日です。
その日は、
ご奉仕も入ってなくて、
少し時間があったので、
朝寝をしていました。
というより、
体が重くて起きれなかったのです。
目が覚めてはいるんですが、
意識が朦朧として、
起きてるはずなのに、
自分がいびきをかいてるのが
聞こえるのです。
そんな状態で、
1時間、2時間とたってました。
そのとき、
夢うつつのまま、
すいいいいっと
まぶたの奥に映像が見えました。
まあ、2度寝したときに、
よく見る夢の類なのですが、
やけにリアルな夢です。
それは、薄暮時の
川のほとりに、
小さな小船がついてる光景です。
ちろちろ水の流れる音が聞こえ、
水面に月明かりが反射して
キラキラ光るのまで見えます。
その小舟の中から、
なんと白い服を着ている人が、
一列になって降りてくるのです。
「え?あの船にこれだけ人がいるの?」
というくらい、男女を問わず、
たくさんの白い着物の人々が、
次々と降りてきて、
一列になってどこかに行くのです。
顔はみな嬉しそう。
ニコニコしてます。
船からは、
「待ちきれない」とばかりに、
みな、ぴょんと飛び降ります。
だれだ、この人たちは???
と思った瞬間、
体がいっぺんに軽くなり、
ガバッと布団から
はね起きました。
「先祖だ・・・。
今日の先祖供養を
楽しみに受けにきた、
ご先祖さんたちだ・・・!」
起きた瞬間、
そう思った私は、
着替えもそそくさと、
いそいそ衛星会場に
出かけていきました。
その日の先祖供養が、
ひときわ私にとって、
感動的だったのは、
いうまでもありません。
あんなふうに、
先祖さんたちは
喜んでいるのですね。
今年もまた、
ワールドメイトの
先祖供養が近いです。
楽しみでなりません。
少しあやしい話ですが、
お盆には不思議な体験があります。
ワールドメイトの
お盆供養の日です。
その日は、
ご奉仕も入ってなくて、
少し時間があったので、
朝寝をしていました。
というより、
体が重くて起きれなかったのです。
目が覚めてはいるんですが、
意識が朦朧として、
起きてるはずなのに、
自分がいびきをかいてるのが
聞こえるのです。
そんな状態で、
1時間、2時間とたってました。
そのとき、
夢うつつのまま、
すいいいいっと
まぶたの奥に映像が見えました。
まあ、2度寝したときに、
よく見る夢の類なのですが、
やけにリアルな夢です。
それは、薄暮時の
川のほとりに、
小さな小船がついてる光景です。
ちろちろ水の流れる音が聞こえ、
水面に月明かりが反射して
キラキラ光るのまで見えます。
その小舟の中から、
なんと白い服を着ている人が、
一列になって降りてくるのです。
「え?あの船にこれだけ人がいるの?」
というくらい、男女を問わず、
たくさんの白い着物の人々が、
次々と降りてきて、
一列になってどこかに行くのです。
顔はみな嬉しそう。
ニコニコしてます。
船からは、
「待ちきれない」とばかりに、
みな、ぴょんと飛び降ります。
だれだ、この人たちは???
と思った瞬間、
体がいっぺんに軽くなり、
ガバッと布団から
はね起きました。
「先祖だ・・・。
今日の先祖供養を
楽しみに受けにきた、
ご先祖さんたちだ・・・!」
起きた瞬間、
そう思った私は、
着替えもそそくさと、
いそいそ衛星会場に
出かけていきました。
その日の先祖供養が、
ひときわ私にとって、
感動的だったのは、
いうまでもありません。
あんなふうに、
先祖さんたちは
喜んでいるのですね。
今年もまた、
ワールドメイトの
先祖供養が近いです。
楽しみでなりません。
「龍神」形代の証
昨日にひきつづき人形形代の証です。
鹿島神事で毎年出されるものに、
「七色龍神形代」があります。
名前のとおり、
七色の龍神の功徳が頂けるのですが、
それぞれにパワーが違います。
この形代では
毎年、必ずすごい証を実感します。
私の場合ですが、
大きな「臨時収入」が3年連続で、
夏から秋に続いたことがあります。
臨時収入がない年は、
秋口に昇給です。
不思議な話です。
ひとつは、
夏に先祖供養をした
証というのもあるのですが、
必ず数十万とか数百万の
「臨時収入」があるという
その鮮やかさは、
やはり龍神さんでしょう。
とくに「金龍」と「白龍」はすごい。
あまり現金のことばかり
言っては間違いを招く
かもしれませんが、
龍神様たちが、
「必ず臨時収入がある」
と断言しておられるのです。
周囲を見渡しても、
この形代の功徳を
実感している人は
多いようです。
もちろん、
金運だけでなく、
紅龍神、銀龍神、緑龍神と、
それぞれに精神的な意味や、
芸術的な意味があり、
みな、驚くような証があります。
ワールドメイトの形代は
こうしてバラエティが豊富ですし、
ひとつひとつの証の出方が
具体的で細やかです。
これは実際にやってみて
体験していくしかありません。
これだけたくさんのものが
無尽蔵に降ろされるという
ワールドメイトは、本当に
すごいと思います。
鹿島神事で毎年出されるものに、
「七色龍神形代」があります。
名前のとおり、
七色の龍神の功徳が頂けるのですが、
それぞれにパワーが違います。
この形代では
毎年、必ずすごい証を実感します。
私の場合ですが、
大きな「臨時収入」が3年連続で、
夏から秋に続いたことがあります。
臨時収入がない年は、
秋口に昇給です。
不思議な話です。
ひとつは、
夏に先祖供養をした
証というのもあるのですが、
必ず数十万とか数百万の
「臨時収入」があるという
その鮮やかさは、
やはり龍神さんでしょう。
とくに「金龍」と「白龍」はすごい。
あまり現金のことばかり
言っては間違いを招く
かもしれませんが、
龍神様たちが、
「必ず臨時収入がある」
と断言しておられるのです。
周囲を見渡しても、
この形代の功徳を
実感している人は
多いようです。
もちろん、
金運だけでなく、
紅龍神、銀龍神、緑龍神と、
それぞれに精神的な意味や、
芸術的な意味があり、
みな、驚くような証があります。
ワールドメイトの形代は
こうしてバラエティが豊富ですし、
ひとつひとつの証の出方が
具体的で細やかです。
これは実際にやってみて
体験していくしかありません。
これだけたくさんのものが
無尽蔵に降ろされるという
ワールドメイトは、本当に
すごいと思います。
就職形代100枚の証
ずっと昔のことですが、
私は学生の頃、
就職活動をしたことが
ありません。
唯一やったのが、
ワールドメイトの形代。
それも
「就職決定形代」を
100枚書きました。
本当に
それだけです。
すると、
履歴書を送ったり、
志望動機を送ったりも
してないのに、
知り合いが
「うちに来ないか?」
と誘ってくださったのです。
形代に書いたのと
ぴったり同じ条件の会社です。
それで終了。
周囲の友人たちは、
みな、あっけにとられて
見てました。
不思議なものですね。
以前にも書きましたが、
就職のことなど一切考えず、
神社で神様のために、
お百度をふんだ直後に
降ってきた話ですので、
それもあるのでしょう。
ただ、
就職にむけてしたのは
人形形代だけです。
もちろん、
苦労して勝ち取ることに
大事な意味がある場合も
多いので、こんなふうに、
お気楽に決まることばかりが
いいことだとは思いません。
しかし、ちゃんと形代を
書いてお祈りをしてなければ、
こんなふうに決まったとも、
到底思えません。
まもなく、鹿島神事。
人形形代のシーズンになるたびに、
このことを思い出します。
私は学生の頃、
就職活動をしたことが
ありません。
唯一やったのが、
ワールドメイトの形代。
それも
「就職決定形代」を
100枚書きました。
本当に
それだけです。
すると、
履歴書を送ったり、
志望動機を送ったりも
してないのに、
知り合いが
「うちに来ないか?」
と誘ってくださったのです。
形代に書いたのと
ぴったり同じ条件の会社です。
それで終了。
周囲の友人たちは、
みな、あっけにとられて
見てました。
不思議なものですね。
以前にも書きましたが、
就職のことなど一切考えず、
神社で神様のために、
お百度をふんだ直後に
降ってきた話ですので、
それもあるのでしょう。
ただ、
就職にむけてしたのは
人形形代だけです。
もちろん、
苦労して勝ち取ることに
大事な意味がある場合も
多いので、こんなふうに、
お気楽に決まることばかりが
いいことだとは思いません。
しかし、ちゃんと形代を
書いてお祈りをしてなければ、
こんなふうに決まったとも、
到底思えません。
まもなく、鹿島神事。
人形形代のシーズンになるたびに、
このことを思い出します。
九頭龍祈願の証
私はワールドメイトの
九頭龍師です。
台風が発生するたびに
ワールドメイトから
呼びかけがあります。
皆で九頭龍祈願をして
台風をそらしましょう
という呼びかけです。
たしか2004年だったか、
日本列島に10個以上の台風が
まるでサンドバックのように
集中して直撃したとき
「もうこれ以上、
台風の被害は出さない」
と深見先生が発願されたそうです。
そこで、その年から、
台風が発生するたびに、
全九頭龍師が結集し、
回避の祈願をするように
なりました。
それ以降、もう何年も、
日本列島をまともに直撃した
台風はありません。
いくつか、かすったものは
ありますが、損害はすごく軽微です。
テレビでもキャスターが
「最近の台風はいつも
直角にそれていきますねー」
と言ってましたが、
それを聞いてのけぞりました。
世間一般の人にもわかるくらい
鮮やかな証です。
今年も、いくつかの台風が発生し
そのたびに台風祈願をしましたが、
そのたびにきれいにそれていきます。
やはり、すごい。
先日発生した台風7号など、
日本に直撃するどころか、
前線にすら影響を及ぼさず、
消えていきました。
日本列島は雨風ところか、
広範囲で梅雨明け。
むしろ猛暑がきたくらい。
毎回、毎回、
ぴたりとこれだけの
証があるのは、
やはりすごいとしか
いいようがありません。
九頭龍師です。
台風が発生するたびに
ワールドメイトから
呼びかけがあります。
皆で九頭龍祈願をして
台風をそらしましょう
という呼びかけです。
たしか2004年だったか、
日本列島に10個以上の台風が
まるでサンドバックのように
集中して直撃したとき
「もうこれ以上、
台風の被害は出さない」
と深見先生が発願されたそうです。
そこで、その年から、
台風が発生するたびに、
全九頭龍師が結集し、
回避の祈願をするように
なりました。
それ以降、もう何年も、
日本列島をまともに直撃した
台風はありません。
いくつか、かすったものは
ありますが、損害はすごく軽微です。
テレビでもキャスターが
「最近の台風はいつも
直角にそれていきますねー」
と言ってましたが、
それを聞いてのけぞりました。
世間一般の人にもわかるくらい
鮮やかな証です。
今年も、いくつかの台風が発生し
そのたびに台風祈願をしましたが、
そのたびにきれいにそれていきます。
やはり、すごい。
先日発生した台風7号など、
日本に直撃するどころか、
前線にすら影響を及ぼさず、
消えていきました。
日本列島は雨風ところか、
広範囲で梅雨明け。
むしろ猛暑がきたくらい。
毎回、毎回、
ぴたりとこれだけの
証があるのは、
やはりすごいとしか
いいようがありません。
21日お百度祈願の思い出 その3
最近は、
神事会場でお百度をする若者が多いようです。
一度は体験したほうがいいと思います。
(私も昨年やらせていただきました)
一身上の事柄を祈るのではなく、
人類救済とか大きなテーマで祈ります。
さすが「新青山塾」ですね。
地球温暖化とか、
大地震の予言だとか、
疫病の大流行だとか、
怖い未来がいろいろあります。
ただひたすらに、
それらを防ぎ、
全人類の幸せを祈るのです。
これほど尊いことはないでしょう。
それでなくても神事会場です。
昔だったら、
21日間神社に通い続け、
ようやく願いが叶ったような
一身上の事柄でも、
神事会場で数十分祈ったら
たちまち解決したという証が
バンバンに出てます。
逆にいうと、
祈らないと勿体ないですね。
人類救済のためのお百度などを
一生懸命に捧げる若者には、
やはり大きな証が
たくさん出ているようです。
一時は、試練のような形で出る人もいます。
しかし、乗り越えられる試練です。
それを越えたら、理想的な人生が開ける。
理想的な就職、
理想的な家庭、
理想的な人間関係・・・。
どこが「理想的」かというと、
真に神様の御心に叶い、
神様のご用に生きるために
ふさわしい環境を整え、
ふさわしい能力と知識と経験を、
与えられることが多いようです。
そういうものは、
盗まれることもないし、
放蕩してなくなることもありません。
永遠の宝ですね。
そういうことを通して、
ワールドメイトでは、
神と人とが一緒に生きていく
永遠の幸せの道を
教えていただきました。
神事会場でお百度をする若者が多いようです。
一度は体験したほうがいいと思います。
(私も昨年やらせていただきました)
一身上の事柄を祈るのではなく、
人類救済とか大きなテーマで祈ります。
さすが「新青山塾」ですね。
地球温暖化とか、
大地震の予言だとか、
疫病の大流行だとか、
怖い未来がいろいろあります。
ただひたすらに、
それらを防ぎ、
全人類の幸せを祈るのです。
これほど尊いことはないでしょう。
それでなくても神事会場です。
昔だったら、
21日間神社に通い続け、
ようやく願いが叶ったような
一身上の事柄でも、
神事会場で数十分祈ったら
たちまち解決したという証が
バンバンに出てます。
逆にいうと、
祈らないと勿体ないですね。
人類救済のためのお百度などを
一生懸命に捧げる若者には、
やはり大きな証が
たくさん出ているようです。
一時は、試練のような形で出る人もいます。
しかし、乗り越えられる試練です。
それを越えたら、理想的な人生が開ける。
理想的な就職、
理想的な家庭、
理想的な人間関係・・・。
どこが「理想的」かというと、
真に神様の御心に叶い、
神様のご用に生きるために
ふさわしい環境を整え、
ふさわしい能力と知識と経験を、
与えられることが多いようです。
そういうものは、
盗まれることもないし、
放蕩してなくなることもありません。
永遠の宝ですね。
そういうことを通して、
ワールドメイトでは、
神と人とが一緒に生きていく
永遠の幸せの道を
教えていただきました。
21日お百度祈願の思い出 その2
さて。
青山塾でやってた「お百度」は、
何かの願望成就のためではありません。
願望といえば願望ですが
特定の、現実的な、
ご利益を期待したものではないのです。
ただ、
「神様の御用にお使いください」
「神人合一の道を極めさせたまえ」
といった「発願」を、神様に捧げました。
純粋な若者だからこその、
純粋極まりない祈りですね。
神様と一緒に生きる人生。
神様のために生きる人生。
それが最高の人生です。
そしてそれは、
周囲も自分も必ず幸せにします。
人々が幸せになるのが、
神の願いだからです。
その神の願いを代行する、
そんな自分にしていただき、
そんな役割を授けていただくのです。
永遠無窮の幸せですね。
そういう人生にしていただけるよう、
ただひたすらに神に祈りを捧げる。
そんなことを、毎年必ずやってました。
具体的に「こんなふうになりたい」
と祈ったわけではありません。
しかし、お百度を21日やり終えた後には、
必ずすごい証が出たんですね。
私の場合、不意に就職が決まりました。
就職シーズンでも何もなく、
積極的にアプローチしたわけでもなく、
なぜか出会いがあり、ご縁があり、
トントン拍子に話が持ち上がり、
トントン拍子に決まったのです。
もちろん、
ご神業しやすい環境になったのは
いうまでもありません。
しかし、それ以上に、
職場で身につけた知識や経験が、
人を幸せにするために、
本当に役立っているな、と実感します。
「瓢箪から駒」といいますが、
わらしべ長者のように、
思いがけない話から
思いがけない結果がもたらされ、
思いがけない果実が実るのです。
ご神業の醍醐味ですね。
とりわけ、
「無私の祈り」を貫いた後の証ほど、
大きく、予想外にもたらされるようです。
青山塾でやってた「お百度」は、
何かの願望成就のためではありません。
願望といえば願望ですが
特定の、現実的な、
ご利益を期待したものではないのです。
ただ、
「神様の御用にお使いください」
「神人合一の道を極めさせたまえ」
といった「発願」を、神様に捧げました。
純粋な若者だからこその、
純粋極まりない祈りですね。
神様と一緒に生きる人生。
神様のために生きる人生。
それが最高の人生です。
そしてそれは、
周囲も自分も必ず幸せにします。
人々が幸せになるのが、
神の願いだからです。
その神の願いを代行する、
そんな自分にしていただき、
そんな役割を授けていただくのです。
永遠無窮の幸せですね。
そういう人生にしていただけるよう、
ただひたすらに神に祈りを捧げる。
そんなことを、毎年必ずやってました。
具体的に「こんなふうになりたい」
と祈ったわけではありません。
しかし、お百度を21日やり終えた後には、
必ずすごい証が出たんですね。
私の場合、不意に就職が決まりました。
就職シーズンでも何もなく、
積極的にアプローチしたわけでもなく、
なぜか出会いがあり、ご縁があり、
トントン拍子に話が持ち上がり、
トントン拍子に決まったのです。
もちろん、
ご神業しやすい環境になったのは
いうまでもありません。
しかし、それ以上に、
職場で身につけた知識や経験が、
人を幸せにするために、
本当に役立っているな、と実感します。
「瓢箪から駒」といいますが、
わらしべ長者のように、
思いがけない話から
思いがけない結果がもたらされ、
思いがけない果実が実るのです。
ご神業の醍醐味ですね。
とりわけ、
「無私の祈り」を貫いた後の証ほど、
大きく、予想外にもたらされるようです。
21日お百度祈願の思い出 その1
昔は冬になると必ず「お百度」をしました。
青山塾で推奨されていたからです。
そして、そのすごさが肌身に染みていました。
お百度は神社でします。
地域の「一の宮」がベストです。
昼間やると迷惑なことが多いので、
たいていは夜やります。
ただ、神社によっては、
夜が怖いことがあります。
昼は大丈夫でも、夜になると
霊的に少し怖いとか。
あと、女性がひとりで
夜にお百度するのは、
基本的に避けたほうがいいでしょう。
お百度は、
雨が降ろうと、雪が降ろうとやります。
裸足でやります。
毎日必ずやります。
一度途切れると、
また初日からやりなおしです。
その間は、何もしゃべらずに、
ただひたすら祈りに徹します。
シーズンになると、
同じ神社で十人以上の人々が、
ひたすらお百度をふむ姿が見られ、
なかなか壮観でした。
一身上の事柄で、
どうしても叶えたいことがあれば、
迷わずお百度です。
家族の病気など、
一発でよくなるケースが多いです。
(よい医者や治療法が見つかるなど)
だから昔から、
あらゆる神社でお百度祈願が
勧められてきたのでしょう。
21日間行き続ける誠と
百回の祈願を捧げる誠は
必ず神様に届く
「絶対法則」なのかもしれません。
ワールドメイトの支部では
お百度の経験者はみな、
何らかの証を体験しているようです。
青山塾で推奨されていたからです。
そして、そのすごさが肌身に染みていました。
お百度は神社でします。
地域の「一の宮」がベストです。
昼間やると迷惑なことが多いので、
たいていは夜やります。
ただ、神社によっては、
夜が怖いことがあります。
昼は大丈夫でも、夜になると
霊的に少し怖いとか。
あと、女性がひとりで
夜にお百度するのは、
基本的に避けたほうがいいでしょう。
お百度は、
雨が降ろうと、雪が降ろうとやります。
裸足でやります。
毎日必ずやります。
一度途切れると、
また初日からやりなおしです。
その間は、何もしゃべらずに、
ただひたすら祈りに徹します。
シーズンになると、
同じ神社で十人以上の人々が、
ひたすらお百度をふむ姿が見られ、
なかなか壮観でした。
一身上の事柄で、
どうしても叶えたいことがあれば、
迷わずお百度です。
家族の病気など、
一発でよくなるケースが多いです。
(よい医者や治療法が見つかるなど)
だから昔から、
あらゆる神社でお百度祈願が
勧められてきたのでしょう。
21日間行き続ける誠と
百回の祈願を捧げる誠は
必ず神様に届く
「絶対法則」なのかもしれません。
ワールドメイトの支部では
お百度の経験者はみな、
何らかの証を体験しているようです。
徳積みの経験が続く その3
しかし、なんでこんなことが続くのか?
自慢じゃありませんが、
これまでそんな人助けなど
した経験はありません。
もちろん、そんなにたいした
人助けでもありませんが、
相手の人が困ってたのも確かです。
そこにたまたま居合わせた。
それもすごい。
そして、たまたま私が、
お助けできる状況だった。
なかなかないことです。
しかも、お礼を受け取ったり
名前を告げたわけではありません。
完全な「陰徳」です。
天界に貯金できる徳分です。
こうしたことが続くには、
何か理由があるはずだ・・・
と考えましたが、
私が強く思うのは、
やはりワールドメイトの
「北極免因超修法」でしょう。
家代々の因縁を抹消するという
この神業を申し込んでから
立て続けにこういうことが
続いているのです。
家代々の悪行の積み重ねが、
子孫である私たちの不幸の源に
なっています。
同様に代々の善行が
家におこる幸運の種になるのです。
やはり、
「北極免因」で家代々の業が抹消され、
家運が劇的に向上しようとしている
のではないでしょうか。
ひとつひとつのことは、
些細で小さなことですが、
善行を積む機会があることは
大変なことです。
小さな徳積みからですが、
やはり家の因縁が
悪いほうからいいほうに、
流れが変わったのではないか、
そんなことを痛切に感じます。
もっともっと
世のため人のためになり
たくさんの人を幸せにしたい。
そんな思いが、
自然と湧いてくるもの
なんともうれしい今日このごろです。
ワールドメイトの神事は
本当にすごいものだな、と思います。
自慢じゃありませんが、
これまでそんな人助けなど
した経験はありません。
もちろん、そんなにたいした
人助けでもありませんが、
相手の人が困ってたのも確かです。
そこにたまたま居合わせた。
それもすごい。
そして、たまたま私が、
お助けできる状況だった。
なかなかないことです。
しかも、お礼を受け取ったり
名前を告げたわけではありません。
完全な「陰徳」です。
天界に貯金できる徳分です。
こうしたことが続くには、
何か理由があるはずだ・・・
と考えましたが、
私が強く思うのは、
やはりワールドメイトの
「北極免因超修法」でしょう。
家代々の因縁を抹消するという
この神業を申し込んでから
立て続けにこういうことが
続いているのです。
家代々の悪行の積み重ねが、
子孫である私たちの不幸の源に
なっています。
同様に代々の善行が
家におこる幸運の種になるのです。
やはり、
「北極免因」で家代々の業が抹消され、
家運が劇的に向上しようとしている
のではないでしょうか。
ひとつひとつのことは、
些細で小さなことですが、
善行を積む機会があることは
大変なことです。
小さな徳積みからですが、
やはり家の因縁が
悪いほうからいいほうに、
流れが変わったのではないか、
そんなことを痛切に感じます。
もっともっと
世のため人のためになり
たくさんの人を幸せにしたい。
そんな思いが、
自然と湧いてくるもの
なんともうれしい今日このごろです。
ワールドメイトの神事は
本当にすごいものだな、と思います。
徳積みの経験が続く その2
最後は今日の話。
これもバス。
高速バスですが。
バスを降りて電車に乗ろうとしたら、
携帯電話がないことに気付きました。
「まいったなあ・・・」と思って、
忘れ物コーナーにいったら、
幸いにもバスはまだ車庫に戻ってなくて、
運転手とすぐ連絡がとれ、
停車場の係員が持っていてくれました。
「よかったー」と思っていたら、
隣で大騒ぎしてる女性がいます。
日本語がまったくわからない
外国人バックパッカーの女性が、
窓口の人と日本語辞書を片手に、
なにやら話しているのです。
どうやら財布をなくしたようです。
で、バスは車庫に行ったそうです。
それだけの話が通じなくて、
お互い困っている。
思わず、
「バスは車庫にいるんですよ」
と英語で彼女に伝えたら、
まず二人ともびっくりし、
次に大喜びして、
私にいろいろまくし立ててきました。
完全に通訳扱いです。
もちろん、
そんなに難しい英語は
まったく必要ありません。
「忘れ物はバスにあって、
バスは車庫にいます。
車庫までいくバスは
たくさんあるから、
それに乗っていけば、
この窓口で明日まで待たなくても
今日のうちに
財布が手元に戻りますよ」
昔、バックパッカーをやってましたので、
それくらいの英語は話せます。
なにしろ、その女性も
シンガポールの華僑とのことで、
私以上に英語があやしいのです。
それだけのことですが
大いに感謝され、
ついでに、
車庫にいくバスまで案内し、
ドライバーに事情を説明して
彼女を乗せこみました。
と、同時にバスが発車した。
彼女はお礼を言おうとして
窓をあけようとしますが、
窓がしまったまま
バスが遠くに行ってしまいました。
お互いの
名前もよく聞いてません。
しかし、
なんだかとにかくうれしくなって
先ほどかえってきたというわけです。
私だって忘れ物したおバカさんなのに、
たまたまそこに居合わせただけで、
別にうまくもない英語で、
人助けができたのです。
お礼の言葉も品物もありませんが、
この胸の充実感と満足感は
たまりませんね。
これもバス。
高速バスですが。
バスを降りて電車に乗ろうとしたら、
携帯電話がないことに気付きました。
「まいったなあ・・・」と思って、
忘れ物コーナーにいったら、
幸いにもバスはまだ車庫に戻ってなくて、
運転手とすぐ連絡がとれ、
停車場の係員が持っていてくれました。
「よかったー」と思っていたら、
隣で大騒ぎしてる女性がいます。
日本語がまったくわからない
外国人バックパッカーの女性が、
窓口の人と日本語辞書を片手に、
なにやら話しているのです。
どうやら財布をなくしたようです。
で、バスは車庫に行ったそうです。
それだけの話が通じなくて、
お互い困っている。
思わず、
「バスは車庫にいるんですよ」
と英語で彼女に伝えたら、
まず二人ともびっくりし、
次に大喜びして、
私にいろいろまくし立ててきました。
完全に通訳扱いです。
もちろん、
そんなに難しい英語は
まったく必要ありません。
「忘れ物はバスにあって、
バスは車庫にいます。
車庫までいくバスは
たくさんあるから、
それに乗っていけば、
この窓口で明日まで待たなくても
今日のうちに
財布が手元に戻りますよ」
昔、バックパッカーをやってましたので、
それくらいの英語は話せます。
なにしろ、その女性も
シンガポールの華僑とのことで、
私以上に英語があやしいのです。
それだけのことですが
大いに感謝され、
ついでに、
車庫にいくバスまで案内し、
ドライバーに事情を説明して
彼女を乗せこみました。
と、同時にバスが発車した。
彼女はお礼を言おうとして
窓をあけようとしますが、
窓がしまったまま
バスが遠くに行ってしまいました。
お互いの
名前もよく聞いてません。
しかし、
なんだかとにかくうれしくなって
先ほどかえってきたというわけです。
私だって忘れ物したおバカさんなのに、
たまたまそこに居合わせただけで、
別にうまくもない英語で、
人助けができたのです。
お礼の言葉も品物もありませんが、
この胸の充実感と満足感は
たまりませんね。
徳積みの経験が続く その1
最近、立て続けに起こったこと。
人助けをする機会が続いたのです。
それも、電車やバスの中で。
しかも、見ず知らずの人に。
まあ、通りがかりの人なので、
そんな大した人助けでもないのですが。
最初は、電車の中。
隣に座ってた上品なご婦人が、
駅が近いので降りようとして
立ち上がってドアに向かいました。
しかし、座席にハンドバックを忘れてます。
そこで
「忘れ物ですよー」
と声をかけたら、びっくりされた。
そして、大声で何度もお礼をいうのです。
「ありがとうございます。
証券会社にいって、
これから旅行会社にいくとこなんです。
だから、証券もパスポートも
全部入ってるのよ。
本当に助かりました。
ありがとうございます」
周囲がびっくりするくらい、
大きな声でそう言ってから、
そそくさと電車を降りていきました。
残された私は、
他の乗客の目をよけながら、
「よくそんな大事なものを忘れるなあ」
となかば呆れながらも、
すがすがしい気持ちに満たされました。
「交番に届けてれば
1割お礼がもらえたなあ・・・」
と気づいたのは、
電車を降りた後でしたが。
次はバス。停留所です。
ベビーカーを抱えた若い夫婦が、
降りようとしたのですが、
バスの停車位置が
数メートルずれていたのです。
それで、ドアの外にすぐ
ガードレールがあったのですが、
そこにベビーカーがひっかかったのです。
それが知恵の輪のように
なかなかはずれない。
バスの出口はふさがれ、
次の客も降りれない。
焦る若夫婦。
父親の顔に、
どっと汗が吹き出します。
しかし、私の席から見ると、
「こう動かせば外れるな」
というのが一目瞭然です。
そこで、席をたって、
ひょいと手をそえてあげると、
魔法のように外れました。
驚く乗客たち。
頭を下げる若夫婦。
バスはその後すぐ発車したので、
若夫婦と話すことはありませんでしたが、
乗り合わせたお年寄り夫婦が、
私のことをしきりに誉めてます。
(その3倍、運転手を非難してましたが・・・)
なんだか、いたたまれないような
恥ずかしいバスの旅でした。
人助けをする機会が続いたのです。
それも、電車やバスの中で。
しかも、見ず知らずの人に。
まあ、通りがかりの人なので、
そんな大した人助けでもないのですが。
最初は、電車の中。
隣に座ってた上品なご婦人が、
駅が近いので降りようとして
立ち上がってドアに向かいました。
しかし、座席にハンドバックを忘れてます。
そこで
「忘れ物ですよー」
と声をかけたら、びっくりされた。
そして、大声で何度もお礼をいうのです。
「ありがとうございます。
証券会社にいって、
これから旅行会社にいくとこなんです。
だから、証券もパスポートも
全部入ってるのよ。
本当に助かりました。
ありがとうございます」
周囲がびっくりするくらい、
大きな声でそう言ってから、
そそくさと電車を降りていきました。
残された私は、
他の乗客の目をよけながら、
「よくそんな大事なものを忘れるなあ」
となかば呆れながらも、
すがすがしい気持ちに満たされました。
「交番に届けてれば
1割お礼がもらえたなあ・・・」
と気づいたのは、
電車を降りた後でしたが。
次はバス。停留所です。
ベビーカーを抱えた若い夫婦が、
降りようとしたのですが、
バスの停車位置が
数メートルずれていたのです。
それで、ドアの外にすぐ
ガードレールがあったのですが、
そこにベビーカーがひっかかったのです。
それが知恵の輪のように
なかなかはずれない。
バスの出口はふさがれ、
次の客も降りれない。
焦る若夫婦。
父親の顔に、
どっと汗が吹き出します。
しかし、私の席から見ると、
「こう動かせば外れるな」
というのが一目瞭然です。
そこで、席をたって、
ひょいと手をそえてあげると、
魔法のように外れました。
驚く乗客たち。
頭を下げる若夫婦。
バスはその後すぐ発車したので、
若夫婦と話すことはありませんでしたが、
乗り合わせたお年寄り夫婦が、
私のことをしきりに誉めてます。
(その3倍、運転手を非難してましたが・・・)
なんだか、いたたまれないような
恥ずかしいバスの旅でした。
四川省大地震 その2
それにしても
途方もないスケールの
シンクロニシティである。
もちろん、
神が動けば
人が死ぬという、
そんな単純なものではない。
基本的に神様は
人の幸せしか
考えておられないという。
だから、
神のなさることを
常に大愛。
大難を小難にし
小難を無難にし
人間の苦しみや不幸を
最小限にすべく動かれるのが
神の愛だという。
四川省の地震被害は
本当に痛ましい。
すでに数万の人が亡くなり
いまだ数十万の人々の安否が
気遣われている。
しかし、あの大中国である。
この国で、
ひとたび動乱があれば、
数千万、数億の人が
長い苦しみの末に
命を落とすことにもなろう。
中国史の悲劇。
ことに、体制転換にともなう
悲劇は、常にすさまじい。
「王朝がひとつ変わるたびに
人口が三分の一になる」
それが中国の歴史なのだ。
そして、迫りくるパンデミックや
地球温暖化の被害は
過去のあらゆる悲劇を
上回ることが予想される。
四川省の悲劇には胸が痛む。
同時代に
阪神大震災を経験している
私たち日本人には、
胸が張り裂けるような情景だ。
だからこそ、
この悲劇を乗り越え、
指導者が本当に反省し、
中国のすべての人々が
幸せに暮らせるような
そんな中国を作って欲しい。
心からそう思う。
国家規模、
世界規模で歴史が動くとき、
その荒波の中で、
常に一般の人々が翻弄される。
それを乗り越えることした
新しい世の中は来ない。
しかし、
そこを本当の神の力によって
少しでも小さな被害で、
できればノーダメージで
乗り越えられ、
神と人類の叡智によって
理想的な未来がやってくるよう
私たちは祈り続け、
努力し続けるしかない。
戦慄するようなあの
四川省地震の被害状況を
見るにつけ、
切に切に祈りを極めるのである。
途方もないスケールの
シンクロニシティである。
もちろん、
神が動けば
人が死ぬという、
そんな単純なものではない。
基本的に神様は
人の幸せしか
考えておられないという。
だから、
神のなさることを
常に大愛。
大難を小難にし
小難を無難にし
人間の苦しみや不幸を
最小限にすべく動かれるのが
神の愛だという。
四川省の地震被害は
本当に痛ましい。
すでに数万の人が亡くなり
いまだ数十万の人々の安否が
気遣われている。
しかし、あの大中国である。
この国で、
ひとたび動乱があれば、
数千万、数億の人が
長い苦しみの末に
命を落とすことにもなろう。
中国史の悲劇。
ことに、体制転換にともなう
悲劇は、常にすさまじい。
「王朝がひとつ変わるたびに
人口が三分の一になる」
それが中国の歴史なのだ。
そして、迫りくるパンデミックや
地球温暖化の被害は
過去のあらゆる悲劇を
上回ることが予想される。
四川省の悲劇には胸が痛む。
同時代に
阪神大震災を経験している
私たち日本人には、
胸が張り裂けるような情景だ。
だからこそ、
この悲劇を乗り越え、
指導者が本当に反省し、
中国のすべての人々が
幸せに暮らせるような
そんな中国を作って欲しい。
心からそう思う。
国家規模、
世界規模で歴史が動くとき、
その荒波の中で、
常に一般の人々が翻弄される。
それを乗り越えることした
新しい世の中は来ない。
しかし、
そこを本当の神の力によって
少しでも小さな被害で、
できればノーダメージで
乗り越えられ、
神と人類の叡智によって
理想的な未来がやってくるよう
私たちは祈り続け、
努力し続けるしかない。
戦慄するようなあの
四川省地震の被害状況を
見るにつけ、
切に切に祈りを極めるのである。
四川省大地震 その1
自分自身の体験ではないが
同時代にリアルタイムで
この目で見た事実として
やはり書いておく必要があるだろう。
中国の四川省地震。
世界が震撼したが、それ以上に、
すべてのワールドメイト会員は呆然とした。
衝撃。
驚き。
そんな言葉を通りこして。
ワールドメイトでは、以前から、
中国の四川省の神様が
非常に大切であることを
教えられていた。
そして、いよいよ今年5月
四川省を開きに行くと
発表されたばかりなのだ。
その直後、
まさにその四川省で、
今回の大地震である。
神様が発動することの
すごさとすさまじさ。
そして、その圧倒的な
パワーとスケール。
それをまざまざと
実感した気がする。
実在する本当の神が
ひとたび発動すれば
天地が鳴動するという。
神話や伝説の中でしか
聞くことができなかった奇跡が、
今、私たちの目の前で
本当に行われているのだ。
実在の神を動かし
時代を作り
時代を仕組みする
本当の神仕組。
今回の地震がいったい
何を意味し、
どんな結果をもたらすものか、
今のところはわからない。
私たちは
少しでも被害が少なく
多くの人が救われ
幸せになるよう
祈るしかない。
しかし、
目の前で、
壮大なスケールで
実在の神様が動かれる
その実態を見せられ、
ただただ、驚嘆するしかない。
いずれ、
正式にワールドメイトから
今回の地震の意味や、
ご神業との関連が
発表されることと思う。
とにかく、今は、
中国のすべての人々の
幸せを祈り、
神業の成功と
それによる
世界の人々の幸せを
ただただ祈りつづけようと
心から思う。
同時代にリアルタイムで
この目で見た事実として
やはり書いておく必要があるだろう。
中国の四川省地震。
世界が震撼したが、それ以上に、
すべてのワールドメイト会員は呆然とした。
衝撃。
驚き。
そんな言葉を通りこして。
ワールドメイトでは、以前から、
中国の四川省の神様が
非常に大切であることを
教えられていた。
そして、いよいよ今年5月
四川省を開きに行くと
発表されたばかりなのだ。
その直後、
まさにその四川省で、
今回の大地震である。
神様が発動することの
すごさとすさまじさ。
そして、その圧倒的な
パワーとスケール。
それをまざまざと
実感した気がする。
実在する本当の神が
ひとたび発動すれば
天地が鳴動するという。
神話や伝説の中でしか
聞くことができなかった奇跡が、
今、私たちの目の前で
本当に行われているのだ。
実在の神を動かし
時代を作り
時代を仕組みする
本当の神仕組。
今回の地震がいったい
何を意味し、
どんな結果をもたらすものか、
今のところはわからない。
私たちは
少しでも被害が少なく
多くの人が救われ
幸せになるよう
祈るしかない。
しかし、
目の前で、
壮大なスケールで
実在の神様が動かれる
その実態を見せられ、
ただただ、驚嘆するしかない。
いずれ、
正式にワールドメイトから
今回の地震の意味や、
ご神業との関連が
発表されることと思う。
とにかく、今は、
中国のすべての人々の
幸せを祈り、
神業の成功と
それによる
世界の人々の幸せを
ただただ祈りつづけようと
心から思う。
駐車違反がなくなった・・・ 3
係官はいいます。
「交通違反でもね、
厳密に言うと『前科』になるんです」
少し驚きました。
罰金だけじゃないんですね。
そりやそうか。
検察庁まで来たのですから。
「ふつうの就職の場合は、
交通違反の前科は
まず関係ないけど、
公務員の場合は、
それが問題にされることも
あるんです。」
それも初耳。
「それでね。
あなた、ちょうど私の息子と
同じくらいの年なのよ。
あなたが、就職するときにね、
そんなことでダメになったら、
かわいそうだし、
日本の国にとっても
よくないと思うんです」
日本の国のためになる
人物かどうかは、
この時点では(今でも)
自分ではわかりませんが・・・。
「それで、上司と相談したんです。
あなたの場合、標識が見えなかった
ということもあって、理由はあります。
だから、この処分は取り消し、
ということにしたいと思います」
え?え?え?
びっくりです。
私はただ、指定された時間に行って、
聞かれたことに素直に
「はいはい」と答えていただけ。
なのに、かってに先方が
いろいろ心配してくれて、
頼んでもなにのに、
処分を取り消してくれた。
驚きです。
何か変わったことといえば、
やはり人形と護摩祈願しか
思いつきません。
しかし、どちらも数百円。
恐るべきワールドメイトの証です。
もちろん、
毎回、こんなうまくはずがありません。
(数年後、その次の機会はダメでした)
それに、交通違反は決して
していいはずがありませんから、
これが「証」だといって喜ぶのは、
少々不謹慎でしょう。
ですから、これを他人に勧めるつもりも
まったくありません。
しかし、当時、
学生で本当にお金に困ってました。
それが救われたのは、本当に大きい。
ワールドメイトってすごい。
人形ってすごい。
護摩木ってすごい。
・・・と、飛ぶように
家に帰ったのを覚えています。
「交通違反でもね、
厳密に言うと『前科』になるんです」
少し驚きました。
罰金だけじゃないんですね。
そりやそうか。
検察庁まで来たのですから。
「ふつうの就職の場合は、
交通違反の前科は
まず関係ないけど、
公務員の場合は、
それが問題にされることも
あるんです。」
それも初耳。
「それでね。
あなた、ちょうど私の息子と
同じくらいの年なのよ。
あなたが、就職するときにね、
そんなことでダメになったら、
かわいそうだし、
日本の国にとっても
よくないと思うんです」
日本の国のためになる
人物かどうかは、
この時点では(今でも)
自分ではわかりませんが・・・。
「それで、上司と相談したんです。
あなたの場合、標識が見えなかった
ということもあって、理由はあります。
だから、この処分は取り消し、
ということにしたいと思います」
え?え?え?
びっくりです。
私はただ、指定された時間に行って、
聞かれたことに素直に
「はいはい」と答えていただけ。
なのに、かってに先方が
いろいろ心配してくれて、
頼んでもなにのに、
処分を取り消してくれた。
驚きです。
何か変わったことといえば、
やはり人形と護摩祈願しか
思いつきません。
しかし、どちらも数百円。
恐るべきワールドメイトの証です。
もちろん、
毎回、こんなうまくはずがありません。
(数年後、その次の機会はダメでした)
それに、交通違反は決して
していいはずがありませんから、
これが「証」だといって喜ぶのは、
少々不謹慎でしょう。
ですから、これを他人に勧めるつもりも
まったくありません。
しかし、当時、
学生で本当にお金に困ってました。
それが救われたのは、本当に大きい。
ワールドメイトってすごい。
人形ってすごい。
護摩木ってすごい。
・・・と、飛ぶように
家に帰ったのを覚えています。
駐車違反がなくなった・・・ 2
その係官は、突然、
真剣に考え込むような表情になり、
私に、こういったのです。
「あなた、学生でしょ?
就職活動してるの?」
ちょうどそのころです。
はい、と答えました。
「公務員とかなる気は?」
はっきりいってありません。
しかし、なぜか、
このとき無意識にまた、
「はい。それも考えてます」
と答えてしまいました。
まあ、
いろいろある選択肢のひとつ
くらいには考えたことは
ありましたので、
それも嘘ではないのですが。
すると、その係官は
こう言い出しました。
「標識は見えなかったのよね?」
「はい。さっきいったとおり。
カーブになってて見えなかった
んですよね」
「ちょっと待っててね」
そして、おもむろに席を立ち、
しばらくして戻ってくると、
「少し検討します。
後日、また来てください」
というではありませんか。
こちらは即日罰金・免停を
覚悟してきましたから
少々びっくりです。
そして、指定された日。
言ってみたら、突然、
「処分は取り消しになりました」
と係官はいうのです。
え?え?え?
と、理解できないでいると、
彼女は笑いながら、
その理由を説明してくれました。
真剣に考え込むような表情になり、
私に、こういったのです。
「あなた、学生でしょ?
就職活動してるの?」
ちょうどそのころです。
はい、と答えました。
「公務員とかなる気は?」
はっきりいってありません。
しかし、なぜか、
このとき無意識にまた、
「はい。それも考えてます」
と答えてしまいました。
まあ、
いろいろある選択肢のひとつ
くらいには考えたことは
ありましたので、
それも嘘ではないのですが。
すると、その係官は
こう言い出しました。
「標識は見えなかったのよね?」
「はい。さっきいったとおり。
カーブになってて見えなかった
んですよね」
「ちょっと待っててね」
そして、おもむろに席を立ち、
しばらくして戻ってくると、
「少し検討します。
後日、また来てください」
というではありませんか。
こちらは即日罰金・免停を
覚悟してきましたから
少々びっくりです。
そして、指定された日。
言ってみたら、突然、
「処分は取り消しになりました」
と係官はいうのです。
え?え?え?
と、理解できないでいると、
彼女は笑いながら、
その理由を説明してくれました。
駐車違反がなくなった・・・ 1
今回は人形と護摩祈願の証。
といっても、
あまり褒められた話じゃありません。
むしろ、マネされたら困るし、
次に同じことがあると
私も困ります。
さて、
就職活動をしていた頃。
駐車違反をしてしまいました。
道路がまるくカーブしてる道で
少し先に違反標識が
あったらしいのですが、
駐車した場所からは
見えなかったんですね。
まあ、それは
私の落ち度なのですが。
で、後日、
なんと検察庁から
呼び出しがきた!
累積点数がオーバーしたらしい。
やばい・・・
しかし、仕方ないものは
なんとも仕方ありません。
行くよりしようがない。
で、呼び出し係官の名前を
人形にしっかり書いて、
護摩木にしっかり書いて、
何度も何度もご祈願していきました。
係官は女性でした。
私の母くらいの年代。
事務的に話はすすみ、
まあ、免停くらいしかたないけど、
罰金が惜しいな・・・
くらいに思っていたら、
突然、その係官の様子が変わったのです。
少し、信じられない展開が
そこからはじまったのです。
といっても、
あまり褒められた話じゃありません。
むしろ、マネされたら困るし、
次に同じことがあると
私も困ります。
さて、
就職活動をしていた頃。
駐車違反をしてしまいました。
道路がまるくカーブしてる道で
少し先に違反標識が
あったらしいのですが、
駐車した場所からは
見えなかったんですね。
まあ、それは
私の落ち度なのですが。
で、後日、
なんと検察庁から
呼び出しがきた!
累積点数がオーバーしたらしい。
やばい・・・
しかし、仕方ないものは
なんとも仕方ありません。
行くよりしようがない。
で、呼び出し係官の名前を
人形にしっかり書いて、
護摩木にしっかり書いて、
何度も何度もご祈願していきました。
係官は女性でした。
私の母くらいの年代。
事務的に話はすすみ、
まあ、免停くらいしかたないけど、
罰金が惜しいな・・・
くらいに思っていたら、
突然、その係官の様子が変わったのです。
少し、信じられない展開が
そこからはじまったのです。
血統転換での出来事・・・
今回は、
「2大宇宙秘儀」のひとつ、
血統転換での体験。
学生時代のこと。
ぜんぜんお金がないので
せめて、と思い
毎年GWはご奉仕を
させていただいてました。
申し込みは、
一番低い式階。
それがふつうでしたね。
しかし、とにかく
朝から苦しかった。
重くてだるくて。
おっくうというか
面倒というか。
何やるにしても
積極的にやりたくない。
そんな気分のときって
ありますよね。
朝からそんな気分のまま
会場にずるずる行って
ご奉仕させていただきました。
そして、先生のお取次ぎを待つ。
私はロビーにいました。
疲れ果てて座ってました。
そのままうとうと。
お祈りしようにも、
意識が朦朧として
正常に判断できない。
つい、手を組んだまま
居眠りみたいになって
うずくまっていたのです。
そのときです。
頭の上から、
ぼわっと明るい光の玉が
飛んできた。
それが、
ぼぼぼぼぼ
と音を立てながら、
胸からお腹に入ってきたのです。
しかし、そこには
黒くて、硬くて、重い
鉄の塊のようなものがあり
ずっしりと固まっていた。
光の玉はその塊に
ゴーンと音を立てて
衝突しました。
黒い塊は、
そのままズドーンと
地の底まで落ちていき
消えてなくなったのです。
そして、それがあったあたり
胸の真ん中からお腹にかけて、
光の玉がかっかっかっかと
おさまったのです。
びっくりして跳ね起きました。
気がついたら、
嘘みたいに軽くなった。
うわーっと叫びたいくらい、
元気がでてきた。
実はその日を境に
性格が変わったのです。
面倒とかおっくうとかより
何かアクティブにやることを
好むようになりました。
結局、
その光の玉が何だったのか
今もってわかりません。
チラシを読んでも、
ほかの人の体験談を読んでも、
そんなことは書いてない。
ですから、それが本当に
血統転換の証なのか
違う何かなのか
今も確証はありません。
ただひとついえるのは、
それは私が経験した
紛れもない事実であり
その日を境に自分が変わったこと。
ワールドメイトで
私が体験した
真実なのです。
「2大宇宙秘儀」のひとつ、
血統転換での体験。
学生時代のこと。
ぜんぜんお金がないので
せめて、と思い
毎年GWはご奉仕を
させていただいてました。
申し込みは、
一番低い式階。
それがふつうでしたね。
しかし、とにかく
朝から苦しかった。
重くてだるくて。
おっくうというか
面倒というか。
何やるにしても
積極的にやりたくない。
そんな気分のときって
ありますよね。
朝からそんな気分のまま
会場にずるずる行って
ご奉仕させていただきました。
そして、先生のお取次ぎを待つ。
私はロビーにいました。
疲れ果てて座ってました。
そのままうとうと。
お祈りしようにも、
意識が朦朧として
正常に判断できない。
つい、手を組んだまま
居眠りみたいになって
うずくまっていたのです。
そのときです。
頭の上から、
ぼわっと明るい光の玉が
飛んできた。
それが、
ぼぼぼぼぼ
と音を立てながら、
胸からお腹に入ってきたのです。
しかし、そこには
黒くて、硬くて、重い
鉄の塊のようなものがあり
ずっしりと固まっていた。
光の玉はその塊に
ゴーンと音を立てて
衝突しました。
黒い塊は、
そのままズドーンと
地の底まで落ちていき
消えてなくなったのです。
そして、それがあったあたり
胸の真ん中からお腹にかけて、
光の玉がかっかっかっかと
おさまったのです。
びっくりして跳ね起きました。
気がついたら、
嘘みたいに軽くなった。
うわーっと叫びたいくらい、
元気がでてきた。
実はその日を境に
性格が変わったのです。
面倒とかおっくうとかより
何かアクティブにやることを
好むようになりました。
結局、
その光の玉が何だったのか
今もってわかりません。
チラシを読んでも、
ほかの人の体験談を読んでも、
そんなことは書いてない。
ですから、それが本当に
血統転換の証なのか
違う何かなのか
今も確証はありません。
ただひとついえるのは、
それは私が経験した
紛れもない事実であり
その日を境に自分が変わったこと。
ワールドメイトで
私が体験した
真実なのです。
ムー大陸を見た! その2
突然、深見先生はこうおっしゃいました。
「この中で、海を見た人はいませんか?」
あ!自分だ!
そう思って手を上げたら、
何人かの人もパラパラと手を上げてました。
「ああ。ムー大陸が沈んだ直後の
海を見たようですね・・・」
えええええ!?
それであんなに波頭が白く濁ってたのか?
驚きました。
私は確かにムー大陸に行ってたのです。
沈んだ直後の・・・。
また、深見先生は、
こんなふうにもおっしゃいました。
「ムー大陸は、東洋の精神文明に
強い影響を与えたようですね」
またまた驚き!
あの中国風の寺院は、
やはりムー大陸のものだったです。
これは後日の別の秘儀ですが、
インドで出てくる
○○菩薩と○○菩薩は、
じつはムー大陸で修業して、
神人合一した聖人だと
明かされたことがあります。
(公表していいかどうか
わかりませんので伏字にします)
私が見た、
あの深山幽谷のような霊地は、
そういう人々が修業していた
ところなのかもしれません。
そうした精神文明は、
おそろしく発達していたのが
ムー大陸ですから。
もしかしたら、自分は
前世にムー大陸でそういう修業を
していたのかもしれないな、
そう思ったら、ものすごく懐かしくて
涙が出てきました。
今でも、思い出すと、
懐かしさが胸いっぱいに広がり、
時間が止まったような感覚になります。
・・・でも、この話は
それで終わりじゃないのです。
1998年でしたか、
位山が開かれた神事。
ムー大陸の王だった神が
あらわれたことがあります。
そのとき、
そこに集まった人々のご縁を
深見先生が明かしてくださいました。
「ムー大陸の人々は、
享楽におぼれ、神心に添わなくなり、
戒めを受けて、海に沈みました。
皆さんは、その時の指導者たちです」
「もう二度とこんな失敗を繰り返さない。
次の仕組みは絶対に失敗させない。
必ず神心に添う世の中を作るんだ、と、
固く誓って生まれ変わってきた人々です」
「・・・だから、皆さんは、
このたびの神仕組に
参画しているのですね」
衝撃でした。
数年前に見た、
ムー大陸海没のあの映像が、
ありありと脳裏に浮かびました。
そうか。
あれが、魂の原点だったんだ。
あんな悲しい思いを、
二度とすることがないよう、
自分の魂は固く固く誓い
生まれ変わってきたんだ・・・。
雪降りしきる極寒の位山で、
凄まじい衝撃に全身を貫かれ、
立ち尽くしていました。
周囲を見ると、
涙を流している人がいます。
同じような衝撃を、
きっと体と魂で体験したのでしょう。
私はこう思いました。
「ならば、今世は、
すべてをこのご神業にかけよう。
近づいているという、
人類規模の災禍厄難を回避する
このご神業にすべてをかけよう」
・・・自分は、ムー大陸を見た。
自分は、確かにムー大陸にいた!
そして、
ムー大陸で修業し、
ムー大陸で神に誓ったことが、
一万年の時を経て、
今の自分の人生の原点になっている・・・。
悠久の時を越えたロマンに
打ち震えるような感動が
今でも何度も蘇ります。
自分がワールドメイトを好きな理由。
深見先生を本当に尊敬する理由は、
こういう体験が背景にあるのです。
「この中で、海を見た人はいませんか?」
あ!自分だ!
そう思って手を上げたら、
何人かの人もパラパラと手を上げてました。
「ああ。ムー大陸が沈んだ直後の
海を見たようですね・・・」
えええええ!?
それであんなに波頭が白く濁ってたのか?
驚きました。
私は確かにムー大陸に行ってたのです。
沈んだ直後の・・・。
また、深見先生は、
こんなふうにもおっしゃいました。
「ムー大陸は、東洋の精神文明に
強い影響を与えたようですね」
またまた驚き!
あの中国風の寺院は、
やはりムー大陸のものだったです。
これは後日の別の秘儀ですが、
インドで出てくる
○○菩薩と○○菩薩は、
じつはムー大陸で修業して、
神人合一した聖人だと
明かされたことがあります。
(公表していいかどうか
わかりませんので伏字にします)
私が見た、
あの深山幽谷のような霊地は、
そういう人々が修業していた
ところなのかもしれません。
そうした精神文明は、
おそろしく発達していたのが
ムー大陸ですから。
もしかしたら、自分は
前世にムー大陸でそういう修業を
していたのかもしれないな、
そう思ったら、ものすごく懐かしくて
涙が出てきました。
今でも、思い出すと、
懐かしさが胸いっぱいに広がり、
時間が止まったような感覚になります。
・・・でも、この話は
それで終わりじゃないのです。
1998年でしたか、
位山が開かれた神事。
ムー大陸の王だった神が
あらわれたことがあります。
そのとき、
そこに集まった人々のご縁を
深見先生が明かしてくださいました。
「ムー大陸の人々は、
享楽におぼれ、神心に添わなくなり、
戒めを受けて、海に沈みました。
皆さんは、その時の指導者たちです」
「もう二度とこんな失敗を繰り返さない。
次の仕組みは絶対に失敗させない。
必ず神心に添う世の中を作るんだ、と、
固く誓って生まれ変わってきた人々です」
「・・・だから、皆さんは、
このたびの神仕組に
参画しているのですね」
衝撃でした。
数年前に見た、
ムー大陸海没のあの映像が、
ありありと脳裏に浮かびました。
そうか。
あれが、魂の原点だったんだ。
あんな悲しい思いを、
二度とすることがないよう、
自分の魂は固く固く誓い
生まれ変わってきたんだ・・・。
雪降りしきる極寒の位山で、
凄まじい衝撃に全身を貫かれ、
立ち尽くしていました。
周囲を見ると、
涙を流している人がいます。
同じような衝撃を、
きっと体と魂で体験したのでしょう。
私はこう思いました。
「ならば、今世は、
すべてをこのご神業にかけよう。
近づいているという、
人類規模の災禍厄難を回避する
このご神業にすべてをかけよう」
・・・自分は、ムー大陸を見た。
自分は、確かにムー大陸にいた!
そして、
ムー大陸で修業し、
ムー大陸で神に誓ったことが、
一万年の時を経て、
今の自分の人生の原点になっている・・・。
悠久の時を越えたロマンに
打ち震えるような感動が
今でも何度も蘇ります。
自分がワールドメイトを好きな理由。
深見先生を本当に尊敬する理由は、
こういう体験が背景にあるのです。
ムー大陸を見た! その1
これはかなり前の話。
深見先生の秘法の中に、
「タイムマシン秘儀」があり、
この日は「ムー大陸を見る」
とありました。
「アカシックレコードをあけて、
12000年前に沈んだ
ムー大陸を見よう」
という案内チラシに、
強烈に引きつけられたことを
覚えています。
自分は星ツアーなども
クリアに見えるほうなので
楽しみにでかけました。
そして、秘法。
深見先生の口笛が響きます。
なんとなーく、
星ツアーとは若干違う感覚で、
目の前に風景が見えてきた・・・。
と思ったら、
あれ?あれ?あれ?
見渡す限り、全部海です。
一望千里の大海原。
波頭が白く濁り、
海面が渦巻いてるようです。
「ムー大陸に来たはずなのに」
行けども行けども海。
早くしないと終わってしまうので、
神様にお願いしてみました。
「海じゃないものを見せてください」
星ツアーもそうですが、
見えないときにはこれに限ります。
神様に直接頼む。
欲しいものを素直にお願いする。
必殺技です。
すると、山の中にいました。
うってかわって、深山幽谷です。
目の前に建物が見えます。
「なんだろう」と思って目をこらしたら、
塔のようなものです。
それも、アジアの仏教寺院風の塔。
東南アジアのけばけばしい塔というより
中国の奥地の寺院のような
枯れた趣のある塔です。
周囲には霧がたちこめ、
ご神域で修業してるような
清涼感が全身を包みます・・・。
「はい。それでは目を開けてください」
深見先生のお声がします。
会場に電気がつきました。
なんと、それで終わっちゃったのです!
えーーーー?
なんだ終わりかよ?
ムー大陸に行ったのに、
なんで海と中国寺院しか見えないんだ?
今回は失敗だったのか?
と、いささかしょんぼりしながら、
他の人々が見たものを発表するのを
聞いていました。
みなさん、たくさんのものを見たようです。
ムー大陸は、
ある部分は現在の文明の半分くらいですが、
ある分野は現在より数百年も進んでいた。
ずいぶんと違う独特な文化と文明が
発達してたようです。
しかし、他の人の話なんか、
ほとんど耳に入りません。
「自分はムー大陸にいけなかった」
・・・しかし、そうじゃなかったのです!
突然、びっくりするようなお話を、
深見先生が始められたのです。
深見先生の秘法の中に、
「タイムマシン秘儀」があり、
この日は「ムー大陸を見る」
とありました。
「アカシックレコードをあけて、
12000年前に沈んだ
ムー大陸を見よう」
という案内チラシに、
強烈に引きつけられたことを
覚えています。
自分は星ツアーなども
クリアに見えるほうなので
楽しみにでかけました。
そして、秘法。
深見先生の口笛が響きます。
なんとなーく、
星ツアーとは若干違う感覚で、
目の前に風景が見えてきた・・・。
と思ったら、
あれ?あれ?あれ?
見渡す限り、全部海です。
一望千里の大海原。
波頭が白く濁り、
海面が渦巻いてるようです。
「ムー大陸に来たはずなのに」
行けども行けども海。
早くしないと終わってしまうので、
神様にお願いしてみました。
「海じゃないものを見せてください」
星ツアーもそうですが、
見えないときにはこれに限ります。
神様に直接頼む。
欲しいものを素直にお願いする。
必殺技です。
すると、山の中にいました。
うってかわって、深山幽谷です。
目の前に建物が見えます。
「なんだろう」と思って目をこらしたら、
塔のようなものです。
それも、アジアの仏教寺院風の塔。
東南アジアのけばけばしい塔というより
中国の奥地の寺院のような
枯れた趣のある塔です。
周囲には霧がたちこめ、
ご神域で修業してるような
清涼感が全身を包みます・・・。
「はい。それでは目を開けてください」
深見先生のお声がします。
会場に電気がつきました。
なんと、それで終わっちゃったのです!
えーーーー?
なんだ終わりかよ?
ムー大陸に行ったのに、
なんで海と中国寺院しか見えないんだ?
今回は失敗だったのか?
と、いささかしょんぼりしながら、
他の人々が見たものを発表するのを
聞いていました。
みなさん、たくさんのものを見たようです。
ムー大陸は、
ある部分は現在の文明の半分くらいですが、
ある分野は現在より数百年も進んでいた。
ずいぶんと違う独特な文化と文明が
発達してたようです。
しかし、他の人の話なんか、
ほとんど耳に入りません。
「自分はムー大陸にいけなかった」
・・・しかし、そうじゃなかったのです!
突然、びっくりするようなお話を、
深見先生が始められたのです。
あざやかな人形の体験。 その3
ところが、
それで終わりじゃなかった。
その夜のことです。
なんと、その相手の人から
電話があったのです。
「え?」
と思いましたが、電話に出ると、
その人は突然に、
聞いたこともないトーンで
謝りはじめるじゃないですか。
「あの、ごめんなさいね。
実は今日ね、ああいったけど、
あれは私の勘違いだったのよ・・・」
今まで、決して自分の非を
認めたことのない彼女が、
自分から頭を下げるなんて
びっくりです。
あり得ない。
人形を10枚書いただけで、
人間ってここまで変わるだろうか?
呆然としながら、
あいまいな返事をして
電話を切りました。
神様に猛烈に感謝したことは
言うまでもありません。
その日以来、
その人はガラリと変わりました。
と、いっても私に対してだけですが。
周囲には相変わらず、
迷惑を振りまいていますが、
私には何かと気を使い、
遠慮するようになったのです。
もちろん、
私も自分で祈ったとおりに、
その人への態度を改め、
やさしく、丁寧に接していることは
言うまでありません。
ああいう性格の人なので、
ムカッとすることもありますが、
それでも丁寧に応対しています。
そういう態度をとる人は
自分しかいないと思うからです。
そういうわけで、
その日以来、その人との衝突はゼロ。
私にとっては、
当時はそれこそ、
天地が引っくり返ったくらいの
すごい証でした。
考えてみれば、
おばさん一人くらいのことで、
些細な証といえばそうですが
難攻不落の課題を
ついに突破したような
そんな気持ちになったのです。
相手が変わった。
環境が変わった。
そしてなにより、自分が変わった。
たった10枚の人形を通して、
こんな劇的な変化が体験できたことを、
本当に心から感謝しています。
それで終わりじゃなかった。
その夜のことです。
なんと、その相手の人から
電話があったのです。
「え?」
と思いましたが、電話に出ると、
その人は突然に、
聞いたこともないトーンで
謝りはじめるじゃないですか。
「あの、ごめんなさいね。
実は今日ね、ああいったけど、
あれは私の勘違いだったのよ・・・」
今まで、決して自分の非を
認めたことのない彼女が、
自分から頭を下げるなんて
びっくりです。
あり得ない。
人形を10枚書いただけで、
人間ってここまで変わるだろうか?
呆然としながら、
あいまいな返事をして
電話を切りました。
神様に猛烈に感謝したことは
言うまでもありません。
その日以来、
その人はガラリと変わりました。
と、いっても私に対してだけですが。
周囲には相変わらず、
迷惑を振りまいていますが、
私には何かと気を使い、
遠慮するようになったのです。
もちろん、
私も自分で祈ったとおりに、
その人への態度を改め、
やさしく、丁寧に接していることは
言うまでありません。
ああいう性格の人なので、
ムカッとすることもありますが、
それでも丁寧に応対しています。
そういう態度をとる人は
自分しかいないと思うからです。
そういうわけで、
その日以来、その人との衝突はゼロ。
私にとっては、
当時はそれこそ、
天地が引っくり返ったくらいの
すごい証でした。
考えてみれば、
おばさん一人くらいのことで、
些細な証といえばそうですが
難攻不落の課題を
ついに突破したような
そんな気持ちになったのです。
相手が変わった。
環境が変わった。
そしてなにより、自分が変わった。
たった10枚の人形を通して、
こんな劇的な変化が体験できたことを、
本当に心から感謝しています。
あざやかな人形の体験。 その2
あれだけ憤りしかなかった人を、
今は愛念で祈ってる・・・。
自分に起こった変化に
自分で驚きながら、
ふわーーーっと軽くなるような
思いに感動していました。
そのとき、ふと、
こんなふうに思ったのです。
「そういう人と、今世で
ご縁があって出会ったのは、
何か意味があるんじゃないだろうか?」
「自分にも、
意地悪をされる劫があるのかも・・・」
「前世で、自分がその人に
なにかひどいことをしたのかも・・・」
「あるいは、立派な人間になるために
神様がその人と同じ職場にしたのかも・・・」
・・・そういうことを考えていると、
なんだか、ふっきれた気になったのです。
今までのわだかまりや、
思いが消えてなくなったような
そんな気持ちです。
そして、腹をくくりました。
「よし!
何だか知らないけど、
この苦しみには意味があるんだ。
自分も苦しいけど、
相手も苦しいんだろう。
そこで、お互い憎みあってたら
いつまでも、何も変わらない。
嫌なことはあっても、
自分だけは、あの人への
愛念を絶やさないでおこう。
それが自分の修業だ。
これを通して、
神様はきっと何かを
教えてくださってるんだ。
自分が成長して、
相手を幸せにできなきゃ、
そもそも何も進まない」
と、思って真剣に、
さらに祈ってみました。
すると、愛念はますます
途切れることなく出てきます。
そして、今までの嫌な気持ちや
わだかまった思いが、
全部溶けて流れるような、
不思議な感覚に包まれたのです。
愛念。希望。勇気。
そんなもので、
心が満たされた感覚。
心は爽快。
晴れ晴れとして、
雲のない空のようです。
「これも人形を書いた証だ〜。
人の幸せを祈る人は、
神様がほっておかないって
本当だな〜」
と幸福感をかみしめてました。
もしかしたら、そのとき、
何かを悟ったような
状態だったのかもしれません。
考えてみれば、その時以来、
嫌な人にあっても、
嫌なことがあっても、
同じように発想を転換し、
相手の幸せを祈ることができます。
「3000円で
こんな体験ができるなんて、
本当にすごいな〜」
そのときは、無邪気にそう思っていました。
今は愛念で祈ってる・・・。
自分に起こった変化に
自分で驚きながら、
ふわーーーっと軽くなるような
思いに感動していました。
そのとき、ふと、
こんなふうに思ったのです。
「そういう人と、今世で
ご縁があって出会ったのは、
何か意味があるんじゃないだろうか?」
「自分にも、
意地悪をされる劫があるのかも・・・」
「前世で、自分がその人に
なにかひどいことをしたのかも・・・」
「あるいは、立派な人間になるために
神様がその人と同じ職場にしたのかも・・・」
・・・そういうことを考えていると、
なんだか、ふっきれた気になったのです。
今までのわだかまりや、
思いが消えてなくなったような
そんな気持ちです。
そして、腹をくくりました。
「よし!
何だか知らないけど、
この苦しみには意味があるんだ。
自分も苦しいけど、
相手も苦しいんだろう。
そこで、お互い憎みあってたら
いつまでも、何も変わらない。
嫌なことはあっても、
自分だけは、あの人への
愛念を絶やさないでおこう。
それが自分の修業だ。
これを通して、
神様はきっと何かを
教えてくださってるんだ。
自分が成長して、
相手を幸せにできなきゃ、
そもそも何も進まない」
と、思って真剣に、
さらに祈ってみました。
すると、愛念はますます
途切れることなく出てきます。
そして、今までの嫌な気持ちや
わだかまった思いが、
全部溶けて流れるような、
不思議な感覚に包まれたのです。
愛念。希望。勇気。
そんなもので、
心が満たされた感覚。
心は爽快。
晴れ晴れとして、
雲のない空のようです。
「これも人形を書いた証だ〜。
人の幸せを祈る人は、
神様がほっておかないって
本当だな〜」
と幸福感をかみしめてました。
もしかしたら、そのとき、
何かを悟ったような
状態だったのかもしれません。
考えてみれば、その時以来、
嫌な人にあっても、
嫌なことがあっても、
同じように発想を転換し、
相手の幸せを祈ることができます。
「3000円で
こんな体験ができるなんて、
本当にすごいな〜」
そのときは、無邪気にそう思っていました。
あざやかな人形の体験 その1
ワールドメイトといえば「人形形代」
「ひとがた・かたしろ」と読みます。
ふつうの神社にも置いてあるので、
なじみのある人も多いでしょう。
息を吹きかけて穢れを祓い、
一年間の無事を祈ります。
ところが、ワールドメイトのは
そんなものではありません。
私が「これはすごい」
と実感した話をします。
それは、「嫌いな人」の人形を
書いたときのことです。
どうしても、好きになれない人がいた。
年上の女性です。
好きになれないというより、
はっきり言って嫌い。
とにかく意地悪なのです。
いじめに近いようなことをする。
その人がストレスで、
職場に行きたくないと思うほど。
そういう人っていますよね。
それで、その人の人形を書いてみた。
でも、一枚書いてもすっきりしない。
当然です。
愛念なんか出るはずもない。
なんか祈った気がしない。
無論、証もない。
毎日、悶々としながら
すごしていたので、
「えい!」とばかり、
思い切って10枚書くことにしたのです。
10枚といえば3000円・・・。
「あのオバハンのために3千円かあ」
と少し腹が立ちましたが、
毎日のストレスが少しでも軽減できるなら
3000円は安いものです。
せっせと書きました。
そして愛念を出すために、
無理やりいろんなことを頭の中で
作文してみました。
「不細工に生まれてかわいそうに」
「あんな性格悪くてかわいそうに」
「あれでは誰からも愛されないだろう」
最初は、祈ってるのか
悪態ついてるのか
わからない内容でしたが
だんだんかわいそうになってきました。
「きっと友達もいないに違いない・・・」
「親からも愛されなかったのかも・・・」
「前世の劫が深いんだろうな・・・」
「このままこの後もいいことないのでは・・・」
「これじゃ、ひねくれて、
意地悪になるのも当然だよな・・・」
するとなんだか、
心のどこかから、愛念が湧いてきたのです。
そして、自然と、
「少しでも幸せになりますように」
という祈りに変わってました。
自分でも、
自分の中に起こった変化が
信じられませんでした。
自分の中から、
何かが湧き上がるような体験。
すごい不思議な経験でした。
「ひとがた・かたしろ」と読みます。
ふつうの神社にも置いてあるので、
なじみのある人も多いでしょう。
息を吹きかけて穢れを祓い、
一年間の無事を祈ります。
ところが、ワールドメイトのは
そんなものではありません。
私が「これはすごい」
と実感した話をします。
それは、「嫌いな人」の人形を
書いたときのことです。
どうしても、好きになれない人がいた。
年上の女性です。
好きになれないというより、
はっきり言って嫌い。
とにかく意地悪なのです。
いじめに近いようなことをする。
その人がストレスで、
職場に行きたくないと思うほど。
そういう人っていますよね。
それで、その人の人形を書いてみた。
でも、一枚書いてもすっきりしない。
当然です。
愛念なんか出るはずもない。
なんか祈った気がしない。
無論、証もない。
毎日、悶々としながら
すごしていたので、
「えい!」とばかり、
思い切って10枚書くことにしたのです。
10枚といえば3000円・・・。
「あのオバハンのために3千円かあ」
と少し腹が立ちましたが、
毎日のストレスが少しでも軽減できるなら
3000円は安いものです。
せっせと書きました。
そして愛念を出すために、
無理やりいろんなことを頭の中で
作文してみました。
「不細工に生まれてかわいそうに」
「あんな性格悪くてかわいそうに」
「あれでは誰からも愛されないだろう」
最初は、祈ってるのか
悪態ついてるのか
わからない内容でしたが
だんだんかわいそうになってきました。
「きっと友達もいないに違いない・・・」
「親からも愛されなかったのかも・・・」
「前世の劫が深いんだろうな・・・」
「このままこの後もいいことないのでは・・・」
「これじゃ、ひねくれて、
意地悪になるのも当然だよな・・・」
するとなんだか、
心のどこかから、愛念が湧いてきたのです。
そして、自然と、
「少しでも幸せになりますように」
という祈りに変わってました。
自分でも、
自分の中に起こった変化が
信じられませんでした。
自分の中から、
何かが湧き上がるような体験。
すごい不思議な経験でした。
最初の体験。
衝撃的な神との出会い。
「邂逅」といいますか。
「回心」という人もいます。
ただ、神との出会いは、
心の持ち方どうのではなく、
魂と体全体でとらえるもの。
体験して実感しなければ
なかなかわかりません。
人に説明するのも
かなり大変です。
せっかく話しても
本人だけ興奮してて、
聞いてる人は
「ふーん」で終わることも。
しかし、言わなきゃわからない。
で、私の体験を語ります。
最初に、
「ああ、本当に神様っているんだ」
と思ったのは、じつはまだ入会前。
深見先生の本を読んだときです。
昔は、お弟子の先生の本も
たくさん書店に並んでましたから、
そういうのも、むさぼるように読んでました。
その中に
「本当に悟って、
菩薩や如来の位に達したら、
ものすごい感動で、
しばらくは、あらゆるものが
黄金に輝いて見える」
とありました。
「へー。そんなものか」
と、軽く読んでたのですが、
その後、深見先生の本を読んで、
はたと悟るところがあったのです。
守護霊や神仏について
書かれた部分でした。
「そうか!それが神様なんだ!」
と、胸の底のほう、お腹の内側から、
ものすごい力がわきあがってきたように
その時は思いました。
そのとき、何かがはじけたのです。
頭の中で。
そして全身が、
ぶわーんと大きく、
あたたかい衝撃に
包まれたように感じながら、
頭の芯の部分は静寂で涼やか。
そんな感覚に包まれました。
感動とか、感激とか、そういう衝撃。
そして、その余韻が尽きるどころか、
いつまでも残って大きくなる。
そして、世界が黄金色にみえた。
なんて、世の中ってすばらしいんだ!
そんな感覚になったのです。
その後、3日くらい、
その感覚が続きました。
道を歩いても
道端の縁石や、信号機まで、
黄金色に輝いてみえました。
その間、ずっと、
「神様はいる。
これが神様だ。
自分は神様と一緒にいる・・・」
という感覚が途切れないのです。
結局、しばらくしたら元に戻りましたが。
(ある程度悟って、
菩薩の位とかにのぼるのは、
けっこうよくあることらしいです。
そこに居続けるのは、
難しいことらしいです)
そういう体験があります。
その後、いろいろあっても
ずっと、会員として、
「ここは間違いなく本物だ」
と思い続けてきた原点ですね。
あの体験は誰にも否定できない。
理屈を越えて、
感覚で味わったものです。
ワールドメイトに入会してからは、
もっとたくさん「神なるもの」を経験しました。
おいおい書いていくつもりです。
そういうことが実際にあるんだということを
多くの人に知って欲しいと思います。
「邂逅」といいますか。
「回心」という人もいます。
ただ、神との出会いは、
心の持ち方どうのではなく、
魂と体全体でとらえるもの。
体験して実感しなければ
なかなかわかりません。
人に説明するのも
かなり大変です。
せっかく話しても
本人だけ興奮してて、
聞いてる人は
「ふーん」で終わることも。
しかし、言わなきゃわからない。
で、私の体験を語ります。
最初に、
「ああ、本当に神様っているんだ」
と思ったのは、じつはまだ入会前。
深見先生の本を読んだときです。
昔は、お弟子の先生の本も
たくさん書店に並んでましたから、
そういうのも、むさぼるように読んでました。
その中に
「本当に悟って、
菩薩や如来の位に達したら、
ものすごい感動で、
しばらくは、あらゆるものが
黄金に輝いて見える」
とありました。
「へー。そんなものか」
と、軽く読んでたのですが、
その後、深見先生の本を読んで、
はたと悟るところがあったのです。
守護霊や神仏について
書かれた部分でした。
「そうか!それが神様なんだ!」
と、胸の底のほう、お腹の内側から、
ものすごい力がわきあがってきたように
その時は思いました。
そのとき、何かがはじけたのです。
頭の中で。
そして全身が、
ぶわーんと大きく、
あたたかい衝撃に
包まれたように感じながら、
頭の芯の部分は静寂で涼やか。
そんな感覚に包まれました。
感動とか、感激とか、そういう衝撃。
そして、その余韻が尽きるどころか、
いつまでも残って大きくなる。
そして、世界が黄金色にみえた。
なんて、世の中ってすばらしいんだ!
そんな感覚になったのです。
その後、3日くらい、
その感覚が続きました。
道を歩いても
道端の縁石や、信号機まで、
黄金色に輝いてみえました。
その間、ずっと、
「神様はいる。
これが神様だ。
自分は神様と一緒にいる・・・」
という感覚が途切れないのです。
結局、しばらくしたら元に戻りましたが。
(ある程度悟って、
菩薩の位とかにのぼるのは、
けっこうよくあることらしいです。
そこに居続けるのは、
難しいことらしいです)
そういう体験があります。
その後、いろいろあっても
ずっと、会員として、
「ここは間違いなく本物だ」
と思い続けてきた原点ですね。
あの体験は誰にも否定できない。
理屈を越えて、
感覚で味わったものです。
ワールドメイトに入会してからは、
もっとたくさん「神なるもの」を経験しました。
おいおい書いていくつもりです。
そういうことが実際にあるんだということを
多くの人に知って欲しいと思います。
ワールドメイトで体験しよう!
最近、いろんなブログがあります。
ワールドメイトの会員さんがたくさん作っていますね。
みんなそれぞれ生の体験談を語ってます。
体験は嘘つけません。
自分で実感したものは真実です。
誰から何と言われようと自分だけの真実です。
だから、真実の体験談は何より強い。
ワールドメイトでもたくさん証を発表しています。
みんな真実の体験談です。
最初は「本当かなあ」と思いましたが、
実際に自分でいろいろ体験を重ねるともう否定できません。
そういうのを自分でも発表したくなりました。
なにしろ「証は証を呼ぶ」といいます。
本当の神を実感した証を多くの人に語れば、
神はお喜びになると思うし、
聞いたほうの人もより強く神を実感し、
証がでやすくなるからです。
「法施の功徳は証から」といいます。
自分が幸せになったことで、
さらに法施の功徳まで積めて、
それで人を幸せにできるなんて、
なんとすばらしいことでしょう。
世の中にはよく知りもせず、体験もしないで、
ワールドメイトのことをいろいろ言う人がいますが、
個人が実際に体験したことに文句を言っても仕方ないです。
本当に感動したものは感動したのだから、
誰かが否定するようなものではありません。
もちろん、かつてワールドメイトに在籍して、
残念なことにそういう体験を得られなかった人も、
いらっしゃることは知っています。
でも、そういう人の中には、「神を動かす法則」を、
まったく実践しなかったか、
神が動く前に諦めたか、
自分のわがままが通らなかったので
悪態をついて飛び出した人が
たくさんおられるように思います。
(そしてずっと文句を言い続ける)
勿体ない話です。
そんなわけで、神様を近く感じるよう、
いろいろな証を体験して、
それを書いていきたいと思います。
ワールドメイトの会員同士で、
あるいはワールドメイトのことを知りたい人々に、
もしくはワールドメイトのことを知らない人々へも、
こういう運動が広がるといいですね。
ワールドメイトの会員さんがたくさん作っていますね。
みんなそれぞれ生の体験談を語ってます。
体験は嘘つけません。
自分で実感したものは真実です。
誰から何と言われようと自分だけの真実です。
だから、真実の体験談は何より強い。
ワールドメイトでもたくさん証を発表しています。
みんな真実の体験談です。
最初は「本当かなあ」と思いましたが、
実際に自分でいろいろ体験を重ねるともう否定できません。
そういうのを自分でも発表したくなりました。
なにしろ「証は証を呼ぶ」といいます。
本当の神を実感した証を多くの人に語れば、
神はお喜びになると思うし、
聞いたほうの人もより強く神を実感し、
証がでやすくなるからです。
「法施の功徳は証から」といいます。
自分が幸せになったことで、
さらに法施の功徳まで積めて、
それで人を幸せにできるなんて、
なんとすばらしいことでしょう。
世の中にはよく知りもせず、体験もしないで、
ワールドメイトのことをいろいろ言う人がいますが、
個人が実際に体験したことに文句を言っても仕方ないです。
本当に感動したものは感動したのだから、
誰かが否定するようなものではありません。
もちろん、かつてワールドメイトに在籍して、
残念なことにそういう体験を得られなかった人も、
いらっしゃることは知っています。
でも、そういう人の中には、「神を動かす法則」を、
まったく実践しなかったか、
神が動く前に諦めたか、
自分のわがままが通らなかったので
悪態をついて飛び出した人が
たくさんおられるように思います。
(そしてずっと文句を言い続ける)
勿体ない話です。
そんなわけで、神様を近く感じるよう、
いろいろな証を体験して、
それを書いていきたいと思います。
ワールドメイトの会員同士で、
あるいはワールドメイトのことを知りたい人々に、
もしくはワールドメイトのことを知らない人々へも、
こういう運動が広がるといいですね。





















